草津キリスト教会のクリスマス2023

注目

◉12月3日(日)
午後1時30分〜3時30分

教会学校の子ども会のクリスマスパーティー。

クリスマスのお話・ゲーム・クリスマス歌・工作(パスタリース)・プレゼント交換など。

◉ 参加費 1人100円
◉ 持ち物 お茶、プレゼント(300円まで)

お父さん、お母さんの参加も大歓迎です!

教会へはなるべく公共交通機関をご利用くださいますようお願い申し上げます。


◉12月24日(日)
午前10時半〜11半頃

聖書の言葉とクリスマスキャロルを通して、イエス・キリストの誕生を一緒にお祝いしましょう!

教会へはなるべく公共交通機関をご利用くださいますようお願い申し上げます。

2023年12月3日聖日礼拝

動画(41分00秒)

聖書 ローマ人への手紙8章14節〜17節
説教 「父なる神を信ず」
説教者 高橋博師


今月の聖句

エペソ人への手紙1章17節

どうか、私たちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。


今週の聖句

ルカの福音書2章11節

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。


クリスマスの黙想 1

ルカの福音書1章5節〜7節

「ユダヤの王ヘロデの時代に、アビヤの組の者でザカリヤという名の祭司がいた。彼の妻はアロンの子孫で、名をエリサベツといった。二人とも神の前に正しい人で、主のすべての命令と掟を落度なく行っていた。しかし、彼らには子がいなかった。エリサベツが不妊だったからである。また、二人ともすでに年をとっていた。」(5~7節)

詩篇からの黙想、ショートメッセージを3年にわたって1篇から150篇まで、150回続けてお届けしました。1月からは新たなシリーズを考えています。今年の12月の5回はルカ1章から老祭司ザカリヤの生涯、歩み、信仰の黙想をしていきたいと思います。

ザカリヤという名前の意味は「主は覚えておられる」という意味です。老祭司ザカリヤは名前と彼の身に及んだ出来事で主は民を覚えておられる事を証ししています。

ザカリヤにはエリサベツという奥様がいました。二人とも神の前に正しい人で、主のすべての命令と掟を落度なく行っていた正しい真面目な神のしもべでした。二人とも年と取って高齢になっていましたが、二人には子どもがいませんでした。

ルカはテオフィロにイエスさまの生涯を語り始めるのに、高齢、子どもにいないザカリヤ、主は覚えておられると言う名のしもべの家庭を最初に取り上げています。人は覚えていない、忘れられ、無視される様な、存在感、影響力のない人物も、そんな中でも主の前に正しく、主の道を落ち度なく誠意を持って歩む人を覚えていてくださり、用いてくださり、この人から大きな歴史のドラマが展開して行くことに着目しています。

ザカリヤは主の計画、主がザカリヤ、エリサベツを用いてメシヤを送る備えの器として持ちようとしていてくださいます。主はザカリヤを覚え、期待して持ちようとしていてくださいます。しかしザカリヤは主は覚えておられると言う立派な名前をいただいていますが、主のそのような計画をみじんも知っていません。そのために主の命令を落ち度なく行っていても、目的を知らずただただ義務的に律法的に行っている様であります。クリスマスを迎えるアドベントの季節、神様は小さな高齢のしもべザカリヤを覚えて用いてくださったように、私たち、小さなものも、小さな教会も覚えて期待して用いようとしていてくださる事を信じて行きましょう。

2023年11月26日聖日礼拝

動画(36分09秒)

聖書 使徒の働き8章26節〜40節
説教 「荒野での救い」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

詩篇126篇5節〜6節

涙とともに種を蒔く者は喜び叫びながら刈り取る。種入れを抱え泣きながら出て行く者は束を抱え喜び 叫びながら帰って来る。


今週の聖句

ローマ人への手紙10章14節

しかし、信じたことのない方を、どのようにして呼び求めるのでしょうか。聞いたことのない方を、どのようにして信じるのでしょうか。宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのでしょうか。


今週の詩篇の黙想

詩篇150篇

  1. 詩篇の最後、詩篇150篇の黙想です。「神をほめたたえよ」が11回、「ハレルヤ」が2回、13回神をほめたたえる詩篇は締めくくられています。「角笛を吹き鳴らして、神をほめたたえよ。」(3節)角笛は動物の角に穴があけられて、空気が共鳴して音が響きます。角そのままでは音は出ません。角に穴をあけ空気を送るといい音が出ます。生まれながらの人間は神様をほめたたえることはできません。心を開き、心に穴をあけて、イエス様を受け入れて、聖霊の風が心に流れるようになる時、罪赦されて神様をほめたたえることが出来ます。生まれながらの人間は、自分を自慢し、自分をほめたたえます。神様をほめたたえるためには、心が砕かれ心に穴があけられて聖霊が流れてくださることが大切であります。

  2. 「琴と竪琴に合わせて神をほめたたえよ。」(3節)十弦の琴と竪琴が出てきます。竪琴、十弦の琴の糸は、動物の皮、内臓を長く切り取って乾燥させて作られ、引っ張られて琴のいい音が出るようになります。私たちも神様を賛美するために、邪魔なものを切り落とされて、皮から脂肪や肉が削られて、竪琴の弦になって、麗しく神様の賛美が出来ます。

  3. 「音の高いシンバルで神をほめたたえよ。」(5節)シンバルは、銅、青銅を高温に加熱して、たたき伸ばして、美しい響きになります。私たちも試練の中でたたかれることがあります。ヨブのように試練の中で苦しんだ人物がいます。試練の中で高慢な思い、自分の力を誇る心がたたかれ砕かれて、神様をほめたたえる者と造り上げられます。銅がたたかれてシンバルの形になって行くように、このように試練が謙遜さ、柔和さを育てて、高められて行きます。「シンバルを奏でて神様をほめたたえよ。」打たれることも主に癒やされた者は感謝に変えられて行きます。

  4. 「息のある者はみな、主をほめたたえよ。」(6節)息、聖霊の息を持っているものは皆神様をほめたたえます。神様を知らないと賛美はできません。自分や人をほめるようになります。空気が通るといい音が出るように、聖霊の宮とされた私たちは主の器、賛美の器です。このからだに神様のいのちの息吹き、聖霊が入ってくださると、聖霊の実を結び、暖かいことば、愛のことば、親切なことばを口から出すことが出来ます。聖霊の息をいただいて主をほめ、神の栄光をあらわして行きましょう。シャローム。