6月5日聖日礼拝

動画(37分45秒)

聖書 ローマ人への手紙7章1節〜6節
説教 「実を結ぶ秘訣」
説教者 高橋博牧師


今月の聖句

箴言19章21節

人の心には多くの思いがある。しかし、主の計画こそが実現する。


今週の聖句

ガラテヤ人への手紙5章22節〜23節

しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。


今週の詩篇の黙想

詩篇74篇1節〜23節

  1. 詩篇74篇はBC586年、バビロンの侵入でエルサレムの町が廃墟となり、神殿が焼き払われ、イスラエルの民が奴隷となってバビロンに連行されていった悲劇の中で叫ばれている苦悩、神への祈りです。「神よ。なぜ、いつまでも拒み、あなたの牧場の羊に御怒りを燃やされるのですか。」1節と神への問いかけから始まっています。1~11節はエルサレムの現状を訴えています。建物が廃墟となっただけでなく、「もう私たちのしるしは見られません。もはや預言者もいません。いつまでそうなのかを知っている者も、私たちの間にはいません。」と民の中の信仰が枯渇していることを悲しみ祈っています。

  2. 12節から第二部が始まります。「確かに、神は、昔から私の王、地上のただ中で、救いのわざを行われる方です。あなたは、御力をもって海を分け、海の巨獣の頭を砕かれました。」(12~13節)詩篇記者は過去に主のなされた力ある御業を回想しています。時代が変わっても神は変わらないお方です。400年のエジプトでの奴隷生活から主は解放してくださいました。「昼はあなたのもの、夜もまたあなたのもの。あなたは月と太陽とを備えられました。」と永遠全能の主の恵みを思い起こしています。

  3. 18~23節は詩篇記者の祈りです。「○○してください」という祈りが7回繰り返されています。イスラエルがエジプトの奴隷生活をしたのも原因はイスラエルの罪です。今回のバビロン捕囚も原因はイスラエルの不信仰、罪。かつて罪を赦してエジプトから解放してくださったように、今回も背きの罪を赦してバビロンの捕囚というみじめな状況から救い出してくださいと祈っています。どんなときにも主に目を挙げて祈りましょう。

5月22日聖日礼拝

動画(37分45秒)

聖書 マタイの福音書18章21節〜35節
説教 「赦されたように赦す」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

詩篇90章10節

私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。


今週の聖句

エペソ人への手紙4章32節

お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。


今週の詩篇の黙想

詩篇72篇1節〜20節

  1. 詩篇72篇は詩篇第二巻の最後を飾る詩篇です。表題は「ソロモンのために」最後の20節は「エッサイの子ダビデの祈りは終わった」と締めくくられています。主に喜ばれ民に平安を与える王となるようにソロモンのために祈ったダビデの詩篇、祈りです。詩篇72篇で王という言葉は18回出てきます。主に油注がれた王になることをダビデ自身が願い、息子ソロモンのそのようになることを祈っています。

  2. 神が義であられますから地の王も公平、正義、平和を持って治めることを祈っています。貧しい者、苦しむ者、弱い者、が守られる政治を祈っています。国内の平和安全だけでなく、近隣諸国との平和をもたらす王になることを祈っています。弱肉強食で武力財力で権力を奪って王となり、自己発展のために国民を支配し利用する通常の王と、主に油注がれ主に立てられた王との違いです。

  3. メシヤ、キリストは預言者であり祭司、王であられます。支配し、圧迫する王でなく、民を生かし、民を愛し民に仕える王であります。ダビデはメシヤのような王の職務を祈りつつソロモンに模範を示しています。ペテロ第一の手紙2章9節「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」と書かれ、贖われた主の民である私たちもこの世を治める王なる祭司と呼ばれています。自分の小さな責任範囲であっても主の御心にかなって委ねられたものを治めていきましょう。