私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 神の光が私の目を尋ね求めている

    〔愛はいつまでも絶えることがない〕

    2014年10月23日(木)

    第1コリント13章8~12節。

    「わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう」。これが結論である。
    ・・・
    神はすでに、とっくの昔に、私を知り、愛した。―それゆえ、このことこそが、私をこれほどまでに強力に導き、再び神を知るように、再び神を愛するようにさせるのである。神がすでに私を知り愛したということが、あらゆる部分的なものに働きかけて、神を目ざすようにさせ、完全なものを目ざして突き進むようにさせるのである。
    ・・・
    今や、彼は神の手の中にあるからである。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~』
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、525f。

    私が神さまを知る前から、神さまは私のことを知っておられました。
    神さまが私のことをよく知っていてくださったので、私は神さまを知ることができるようになったのです。
    また神さまが私のことをよく知っていてくださるので、今も私は神さまを知ることを喜びとして日々を生かされています。

    私は、神さまの御手の中にあるのです。
    そして人間はみな神さまの御手の中にあるのです。

    (祈り)
    神さま、あなたが私のことを知っていてくださったこと、完全に知っていてくださることを感謝します。