静まりの時
- テーマ:主に仕える人
- 聖書箇所:第一列王記19・1~18
- 日付:2026年09月02日(水)
バアルの預言者との信仰の戦いに圧倒的に勝利した預言者エリヤでしたが、イゼベルが自分のいのちを狙っていることを知ると、恐れました。自分のいのちを救うために逃げました。逃げた先で主に祈りました。「主よ、もう十分です。私のいのちを取ってください・・・」。いのちを救いたいのか取り去ってほしいのか。生きたいのか、それとも死にたいのか。生きたいに違いないのですが、それが、もう死んでしまいたいということばによって表されているのだと思います。時折、こんなことならいっそのこと死んでしまいたい、ということばが出てくるとすれば、それは生きたいという激しい叫びなのだと思います。どんなに力強い信仰者であっても、弱い人間であることに変わりはありません。
5 彼がエニシダの木の下で横になって眠っていると、見よ、一人の御使いが彼に触れ、「起きて食べなさい」と言った。
6 彼が見ると、見よ、彼の頭のところに、焼け石で焼いたパン菓子一つと、水の入った壺があった。彼はそれを食べて飲み、再び横になった。
7 主の使いがもう一度戻って来て彼に触れ、「起きて食べなさい。旅の道のりはまだ長いのだから」と言った。
8 彼は起きて食べ、そして飲んだ。そしてこの食べ物に力を得て、四十日四十夜歩いて、神の山ホレブに着いた。
主はそんなエリヤに新しい力を与えてくださいました。その方法として、焼石で焼いたパン菓子一つ、そして水の入った壺を準備してくださいました。死を願ったエニシダの木の下は、主が用意して下さった食べ物によって、新しく出発するところとなりました。
4 夜が明け始めていたころ、イエスは岸辺に立たれた。けれども弟子たちには、イエスであることが分からなかった。
5 イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ、食べる魚がありませんね。」彼らは答えた。「ありません。」
・・・
12 イエスは彼らに言われた。「さあ、朝の食事をしなさい。」弟子たちは、主であることを知っていたので、だれも「あなたはどなたですか」とあえて尋ねはしなかった。