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受難週 棕櫚の主日

そこで、ろばの子をイエスのところへ引いて行って、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。すると、多くの人が、自分たちの上着を道に敷き、またほかの人々は、木の葉を枝ごと野原から切って来て、道に敷いた。(マルコの福音書11章7~8節)

棕櫚(ナツメヤシ)の主日は、イエス様がエルサレムに入場されたことを記念する日です。民衆は、「ホサナ、祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に」(ヨハネ12:13)と叫びながらイエス様をお迎えしました。つまり、救い主として歓迎したのです。ところが、その五日後の金曜日には、同じ民衆が「十字架につけろ」と叫ぶのです。これが民衆であり世間です。まさに風見鶏です。そして、弟子でさえイエス様を見捨てて去ってしまいます。これが私たちの罪深さです。そして、世間があてにならない証拠です。今一度、自らの罪を認め、主の憐れみを請いたいと思います。そして、私たちの心の目が開かれるよう、知恵と啓示の御霊を求めましょう(エペソ1:17)。

Published in牧師のつぶやき

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