2025年1月19日聖日礼拝

動画(52分28秒)

聖書 ルカの福音書5章17節〜32節
説教 「あなたの罪は赦された」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

コロサイ人への手紙2章9節

キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。


今週の聖句

エペソ人への手紙1章7節

このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。


ルカの福音書からの黙想 ルカ3章前半

ルカは1章2章でイエス様の誕生に続いて、12歳の時の都のぼりの様子を書き記しています。その後「ナザレに帰って両親に仕えられ」「イエスは神と人とにいつくしまれ、知恵が増し加わり、背たけも伸びていった。」とイエス様の生育を書き記しています。ルカは「イエスは、働きを始められたとき、およそ三十歳で、ヨセフの子と考えられていた。」(3章23節)と記し12歳から30歳までの間、ナザレで大工として家族に仕えておられる様子を描いています。ルカはイエス様の誕生と成長をこのように記し、3章1~2節で当時の世界情勢を書き記します。「皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督であり、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟ピリポがイトラヤとトラコニテ地方の領主、リサニアがアビレネの領主、アンナスとカヤパが大祭司であったころ」と記しています。イエス様のお生まれの時のローマ皇帝はアウグストゥスでありましたが、皇帝もテヴィベリウスに変わり総督もガリラヤの領主も変わっています。このような時代の変化の中に預言者が現れました。マラキから400年ほどの歳月が経過して神のことばが荒野でザカリヤの子ヨハネに臨みました。「ヨハネはヨルダン川周辺のすべての地域に行って、罪の赦しに導く悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた。」(3節)ヨハネはヨルダン川の近くで悔い改めを語り、洗礼を授けていました。それはメシヤが来られ新しい時代が到来したのでその備えを語っています。昔モーセに率いられた民はエジプトから出てヨルダン川の手前に来ました。民は新しい指導者ヨシュアに導かれて約束の地に入りました。ヨルダン川の水がせき止められ、渇いた地を歩んで約束の地に入りました。約束の地に入った民は火打ち石の小刀で割礼を受けました。このヨルダン川を水をくぐって渡る事や割礼を受ける事は悔い改めて洗礼を受ける事を意味しています。バプテスマのヨハネはメシヤが来られ約束の時代が到来したので、ヨシュアに連れられた民が川を渡り割礼を受けて信仰を新たにしたように、悔い改めて洗礼を受ける事を語っています。民は悔い改めの洗礼を受けていました。その時イエス様もヨハネから洗礼を受けられました。イエス様が洗礼を受けられた時は、この方が約束のメシヤである証拠に天が開け、聖霊がハトの様な形をしてイエス様の上に下りました。さらに天から声がして「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」と皆に聞こえる声が天から響きました。この永遠のメシヤイエス様は今も共にいて下さる事を喜びましょう。シャローム。

2025年1月12日聖日礼拝

動画(40分02秒)

聖書 申命記11章18節〜21節
説教 「信仰の家族」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

コロサイ人への手紙2章9節

キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。


今週の聖句

ガラテヤ人への手紙3章7節

ですから、信仰によって生きる人々こそアブラハムの子である、と知りなさい。


ルカの福音書からの黙想 ルカ2章後半

ルカ2章に於いてイエス様はヨセフ、マリヤに連れられて2回、エルサレムの神殿に行っています。一回目は生後八日目、割礼を受けるため、いけにえを献げるためにベツレヘムからエルサレムに赴いています。この時ヨセフマリヤは「山鳩一つがい、あるいは家鳩のひな二羽」と最も貧しい人の献げものをしています。二回目はその後12年経って、イエス様がユダヤのしきたりで12歳の時成人になったときガリラヤのナザレから両親や村の人々と一緒にエルサレムの神殿に礼拝に行っています。祭りの期間が終わって一行はナザレの村に向かって一日の旅をして宿につくとそこにはイエス様がおられなかった。翌日ヨセフマリヤは一日歩いてエルサレムに戻り、翌日エルサレムを捜すとなんと12歳の少年イエス様は神殿で教師たちの真ん中に座り律法について討議をしておられ、聞いていた人々は少年イエス様の知恵と答えに驚いていました。心配してイエス様を捜しにエルサレムまで戻って来たヨセフマリヤにイエス様は「「どうしてわたしを捜されたのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当然であることを、ご存じなかったのですか。」とお答えになられました。神であられるメシヤ・イエス様は罪人の世界に来てくださり、へりくだって人と同じ姿を取ってくださり、罪人の受ける割礼を受けて下さり、最も貧しい人たちの献げものをささげて下さり、貧しい大工ヨセフの家で、両親に仕え、弟妹の世話をするしもべになってくださいました。人と同じ姿になってくださいましたが、幼いイエス様には神様の知恵が満ちあふれ、家族を愛する愛が満ちあふれていました。「それからイエスは一緒に下って行き、ナザレに帰って両親に仕えられた。母はこれらのことをみな、心に留めておいた。イエスは神と人とにいつくしまれ、知恵が増し加わり、背たけも伸びていった。」(ルカ2章51~52節)この人となられたイエス様を「キリストは御子であられるのに、お受けになった様々な苦しみによって従順を学び、完全な者とされ、ご自分に従うすべての人にとって永遠の救いの源となり」(ヘブル書5章8~9)とヘブル書の著者は証ししています。イエス様は幼い頃より、罪、悪の満ちあふれるこの世で神の光、愛、知恵に満ちて歩んでおられました。弱く無力な私たちも神の力、知恵によってこの世の光として輝きましょう。

2025年1月5日聖日礼拝

動画(42分12秒)

聖書 ルカの福音書5章1節〜11節
説教 「恐れることはない」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

コロサイ人への手紙2章9節

キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。


今週の聖句

イザヤ書41章10節

恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。


ルカの福音書からの黙想 ルカ2章前半

クリスマス物語の背景には光と闇のコントラストがあります。ルカ1章では熟練した高齢の祭司ザカリヤが神殿内での天使の語りかけに対して不信仰な応答をしています。一方、ガリラヤのナザレの若い未熟な少女マリヤは天使の語りかけに「私は主のはしためです。あなたのおことば通りになる様に」と従順な信仰の応答をしています。さらにコントラストは続きます。ルカ2章では最高の権力者皇帝アウグストの住民登録の勅令とそれに振り回される貧しき人々。ヨセフとマリヤは先祖ダビデの町ベツレヘムにたどり着き、馬小屋でイエス様を出産して飼葉桶に寝かせています。マタイ福音書では東方の博士が遠くからはるばる旅をしてイエス様を礼拝して高価な黄金、乳香、没薬をささげています。その博士と対照的に、近場で羊の夜番をしている貧しい羊飼いに救い主誕生の告知が大空の輝きと天使の賛美の中であり、羊飼いたちは何も持たずに、誰よりも早く救い主を捜し当てて主を礼拝して帰途についています。何もささげる物を持ち合わせていない羊飼いたちでしたが、誰よりも早く救い主を礼拝しました。誰よりも豊かで富める神の子イエス様は最も貧しい幼子として寒空の中、悪臭漂う家畜小屋の冷たい石の飼葉桶でこの地上での生を始まられました。自分の自宅ではなく旅の途上での十分な備えのない不安定な中での誕生でしたが、天使たちに守られて恐れなく不安なく安らかに眠っておられました。布にくるまって飼葉桶でお休みになっている幼子イエス様は、その存在を通して「恐れることはない。父なる神が共にいてくださる」と語っていてくださいます。イザヤはやがて誕生する救い主を「その名はインマヌエル」と預言しました。インマヌエルとは訳すと神がいつも共にいてくださる事であります。馬小屋のイエス様のそばに父なる神はいつも共にいてくださいます。無防備であっても、所持品がなくても、人生の旅の途上で何が起こっても、主が共にいてくださいます。それに勝る恵みはないと幼子イエス様は勇敢に語っていてくださいます。私たちもマリアやヨセフの様に無力、無所持であっても、インマヌエルの主が共にいてくださる事を確信して恐れないで、平和に包まれて、主と共に歩みましょう。

2024年12月29日聖日礼拝

動画(38分44秒)

聖書 ピリピ人への手紙4章4節〜7節
説教 「主は近いのです」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

ルカの福音書2章11節

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。


今週の聖句

ネヘミヤ書8章10節

主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ。


ルカの福音書からの黙想 ルカ1章後半

ルカ福音書1章では神の言葉を信じることが出来ず不信仰な応答をして口がきけなくなったエルサレムの神殿に仕える老祭司ザカリヤに次いで北の果て、ガリラヤのナザレに住む少女マリヤが登場します。大工ヨセフと婚約が決まり、結婚の備えをしているマリヤに天使ガブリエルが現れました。「恐れることはありません、マリア。あなたは神から恵みを受けたのです。見なさい。あなたは身ごもって、男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。その子は大いなる者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また神である主は、彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家を治め、その支配に終わりはありません。」(30~33節)婚約しているマリヤにヨセフの子ではなく、聖霊によって身ごもって男の子を産みます。その子はいと高き方の子、ダビデの王位につき、とこしえにヤコブの家を治めるメシア、聖なる者、神の子が生まれる予告がマリヤにされました。「どうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は男の人を知りませんのに。」戸惑うマリヤに御使いは「見なさい。あなたの親類のエリサベツ、あの人もあの年になって男の子を宿しています。不妊と言われていた人なのに、今はもう六か月です。神にとって不可能なことは何もありません。」と語られ言葉にマリヤは「私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」と信仰の応答をして全能の主に身を委ねています。祭司ザカリヤと少女マリヤのコントラストが闇の中の光のように輝いています。人生経験の豊かな老ザカリヤと若い少女マリヤ。エルサレムの神殿に仕える祭司と田舎のガリラヤのナザレに住む大工の婚約者。神殿で香をたく礼拝中に語られたことばを信じなかったザカリヤと家事労働の中で語られた神の言葉を信じたマリヤ。妻の高齢出産を信じなかったザカリヤと前代未聞の処女懐胎を私は主のはしためです。あなたのおことばはなる様に、と信じたマリヤ。不信仰で口がきけなくなったザカリヤと主のことばを信じて「私のたましいは主をあがめ、私の霊は私の救い主である神をたたえます。」と口を開き心から主を賛美したマリヤ。エリサベツもマリヤを励ましています。「主によって語られたことは必ず実現すると信じた人は、幸いです。」主のことばを信じ、主をほめたたえ、主を礼拝しましょう。