動画(47分29秒)
聖書 エレミヤ書23章1節〜6節
説教 「残りの者の使命」
説教者 タン・ショーン師
今月の聖句
マルコの福音書1章15節
時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。
今週の聖句
列王記第二19章30節
ユダの家の中の逃れの者、残された者は下に根を張り、上に実を結ぶ。
【聖書人物からの黙想8 ペテロの足を洗うイエス様】
イエス様は弟子訓練の目標を教えておられます。「そのときからイエスは、ご自分がエルサレムに行って、長老たち、祭司長たち、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえらなければならないことを、弟子たちに示し始められた。」第一はイエス様の愛のみわざである私たちのために十字架に架かられることを理解し信じること。もう一つは、イエス様の十字架の恵みにあずかる者は「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。」この2点を弟子が理解し、信じるように様々な語りかけをされています。最後の晩餐の席で「イエスは夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水を入れて、弟子たちの足を洗い、腰にまとっていた手ぬぐいでふき始められた。」(ヨハネ13章4~5節)来客のほこりまみれの足を洗うのはしもべの仕事でした。イエス様は率先してしもべをなって、弟子たちの足を洗い始められました。ペテロはこのことを受け入れられずに「決して私の足を洗わないでください。」と固持しています。イエス様が即刻しもべになって足を洗われた。その姿を見て、へりくだってしもべに喜んでなれないペテロのプライドの罪が指摘されてパニックになっています。イエス様の洗足を固持するペテロに「わたしがあなたを洗わなければ、あなたはわたしと関係ないことになります。」このイエス様のことばにペテロは過剰反応して「主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください。」と叫んでいます。イエス様は「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身がきよいのです。」と教えられました。水浴した者は洗礼を受けたことを指しています。イエス様を信じた者はきよくされています。過去の罪が赦され全身きよくされています。そのイエス様を信じた者がなすことはイエス様が弟子の足を洗われたように、兄弟姉妹がお互いプライドを捨てて、しもべとなって兄弟姉妹を愛し、仕える者となって、イエス様の後を歩むべきであることを教えています。弟子たちはイエス様のいないとき、誰が一番偉いかと言う論争をしています。イエス様は足を洗うことを通して、へりくだったメシヤとしてこの地上に来て贖いの代価として十字架の道を一歩、一歩としっかりを十字架に向かっておられます。罪、汚れの洗いきよめられたこと、感謝しましょう。シャローム。