ただ私たちは、世界が今日教会やキリスト教として見ているものが、すでに「空の鳥がきて、その枝に宿ることができる木」であるかのように、この譬えをあえて解釈していた。・・・
からし種というのは、現代の教会にとってはすでに乗りこえられた成長段階というようなものではないのだということ。―リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、224頁
マタイの福音書13章31-32節
2012年7月1日(日)
この世界から見れば教会はからし種のように小さな存在だけれどもやがてはその枝に空の鳥が来て、宿ることができるほどの大きな木になる、ということだと勘違いしていました。
イエスさまのいわれたこの言葉は、教会はいつもからし種であるということを大切に考えていないといけない、ということのようです。からし種、すなわち小さな存在であるということを忘れないようにしましょう。この世にあって経済力や権力に豊かになっていることを過大に評価しないようにしましょう。ましてやそのようなものにより頼むことのないようにしましょう。