神の信仰共同体は、すなわち善き羊飼であり羊のためにその命を捧げられたキリストの教会は、諸国民の中で、牧会のつとめを託されている。
リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、235頁
黙示録3章2節
2012年7月12日(木)
主イエスさまはまことの牧者であり、善き牧者です。羊のために命を捨てられたました。今日もその命がけの愛で愛していてくださいます。
このように牧者が羊のために命を捨てること、またその愛で日々守り導くことを牧会といいます。
今日この牧会のつとめを教会はいただいています。しかしそのつとめをどれだけ教会は果たしているのでしょうか。みずからも牧師と呼ばれつつも、どれだけそのつとめを果たしているでしょうか。
正直に自らを見つめ返すと、自分のことだけで精いっぱいのところがあります。
牧師も、まず大牧者である主イエスさまの牧会の手の中にしっかりと自らの身を置かなければなりません。