静まりの時
- テーマ:地上に平和を
- 聖書箇所:詩篇85・1~13
- 日付:2026年08月14日(金)
1 主よ あなたはご自分の地に恵みを施し
ヤコブを元どおりにされます。
2 あなたは 御民の咎を担い
すべての罪を おおってくださいます。 セラ
3 あなたは 激しい怒りをすべて収め
燃える御怒りから身を引かれます。
(1~3)
8 聞かせてください。主である神の仰せを。
主は 御民に
主にある敬虔な人たちに 平和を告げられます。
彼らが再び愚かさに戻らないように。
9 確かに 御救いは主を恐れる者たちに近い。
それは 栄光が私たちの地にとどまるためです。
(8、9)
「ヤコブを元どおりにされます」。イスラエル国家の回復と読んでもいいのかもしれませんが、それとともに聖書全体が語っているように、人間の回復、と読んでよいと思います。
神さまによって創造された人間は、創世記3章で記されているように罪を犯しました。それによって人間は死ぬ者となりました。よいものとして造られた人間が破壊されたのです。しかし神さまはこの破壊された人間を、主イエスによって回復されました。
元どおりにされるということを、「御民の咎を担い、すべての罪を覆ってくださいます」と語ります。回復とは、罪の赦しです。主イエスの十字架と復活によって、私たちの罪は完全に赦されました。そうして私たちの人間であることが回復されます。神の赦しの福音によって、私たちはまことの人間になるのです。
まことの人間の在り方は「敬虔な人たち」「主を恐れる者たち」とありますので、神さまを恐(畏)れる者となることです。
回復されず罪の支配の中にあったときは、あらゆるものに恐怖するものでした。しかし神さまを恐れる者となったとき、あらゆるものに対する恐怖から解放されました。恐れから解放され、まことに自由に生きるためには、神さまを恐れる者とならなければならないのです。
信仰に生きるということは、すべてのものに対する恐れから解放されることですが、それは恐れるものが何もないということではなく、まことの神さまを恐れる者となった、ということなのです。それが元どおりにされる、回復されるということです。そしてそれこそ、平和に生きる、ということなのです。平和は神さまとの関係において実現することによってのみ生まれます。