私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • かかわりを持とうとされる神

    私たちは、もちろん神の賜物をほしがるが、それを与えてくださる方を欲しないのである。神の賜物を恵みの御座からではなく、もっと拘束力のない所から受け取りたいと思うのである。

    リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、67頁
    へブル人への手紙4章16節
    2013年2月2日(土)

    主イエスさまをこの地に送ほどにこの世を愛しておられる聖書の神さまは、私たちの賜物を与えようとされるお方です。私たちの人生の貧しさはこの神さまの賜物をいただこうとしないところにあります。もっと神さまの恵みを知り神さまの与えてくださる良いものを幼子のようになって求める者でありたいと思います。

    ただそのような賜物は神さまの御座から与えられるのだとへブル書は語ります。それは神さまがただ行きずりのあわれな者に物品を与える方ではなく、その者とかかわろうとされるからであると、リュティは語りました。神さまの恵みは、一方通行の冷たい恵みではなく、双方向の暖かな恵みであるということです。

    ですから、きっと神さまの賜物とはこの「神さまとのかかわり」そのものなのだと思います。そのことをまず喜ぶものでありたいと思います。