私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 命に至る病

    私たちを医者のもとに導きその医者にまったく寄りすがり寄り頼ませるような、弱く無力でやんだ状態がある。それは、命にいたる病である。

    リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、71頁
    マタイの福音書9章12節
    2013年2月6日(水)

    心身ともに健やかに歩むことは幸いなことです。しかし幸いであると神さまを必要としないので、それは死に至る健康であるとリュティは語ります。なぜなら人間に最終的にやってくる死について何も考えないことになるからです。何も考えず、よって何も解決しないままで、今健康だ、幸せだ、といっても、それはむなしいものでしょう。

    人間には病の時、弱さの時があります。あるいは一生涯そういった中におかれているということもあるでしょう。そのことが主イエスさまを求めることに結びつけば、そのような弱さは命にいたる病であるとリュティは語ります。今どんなに病んでいても、最終的に命にいたる、永遠の命にいたるならば、それはこの上なく幸いなことではないでしょうか。