〔使者〕
2014年5月3日(土)
「からだを殺すだけの者を、恐れるな。」(マタイ10:26~33から)
まだ人間を恐れているものは、神を恐れない。しかし、神を恐れる者は、もはや人間を恐れないのである。
・・・
この神こそは、この神に属する人々のために、また彼らが立ち向かおうとしている事柄のために、「最良のこと」あるいは「役に立つこと」以外のことをすることはないのであろう。われわれはこの神のみ手の中にいる。だからこそ「恐れてはならない」のである。ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、220頁f。
神さまが共にいて下さるという約束は、私たちから恐れを締め出します。
私たちはいったい何を恐れるのでしょう。明日を恐れるのでしょうか。人を恐れるのでしょうか。神さまが共にいて下さるのですから、恐れる必要はないのです。
疑心暗鬼に落ち込むことがあります。暗闇の中に、疑いの心を向け、自らが鬼を生み出して自らを恐れの中に落とし込むのです。視点を暗闇ではなく、光であるお方、神さまに向けなければなりません。心を疑いではなく、信頼の中に働かせていかなければなりません。カギは自らの中にあります。
共にいて下さる神さまは、最良のこと、役に立つこと以外のことはされません。この神さまのみ手の中にいるのです。恐れることはありません。
(祈り)
神さま、あなたのみ手の中におらせていただけることを感謝します。私のうちから恐れを締め出して下さい。あなたが共にいて下さる平安と喜びに満たして下さい。