私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • その平和は限りなく

    静まりの時

    • テーマ:主の栄光があらわれた
    • 聖書箇所:イザヤ9・2~7
    • 日付:2025年12月24日(水)

    6 ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。
     ひとりの男の子が私たちに与えられる。
     主権はその肩にあり、
     その名は「不思議な助言者、力ある神、
     永遠の父、平和の君」と呼ばれる。
    7 その主権は増し加わり、その平和は限りなく、
     ダビデの王座に就いて、その王国を治め、
     さばきと正義によってこれを堅く立て、
     これを支える。今よりとこしえまで。
     万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。

    ひとりのみどりご、によって生まれ成し遂げられる平和。

    国と国があらそう戦争、紛争によって平和は破壊されます。一日も早い解決と戦争の終結を祈ります。

    世界に戦争がなくなっても、私と誰かの間に、あるいは私と何かの間に戦いがあるならば、いまだ平和ではありません。誰かとの和解、何かとの和解のために祈ります。

    あるいは、私と私自身との間に戦いがあるならば、せかいから戦争がなくなっても、誰かとの間に戦いがなくなっても、何かとの間に争いがなくなっても、それは平和とは言えません。

    私自身との間に戦いのない私。もしそういう私であるならば、たとえ世界に戦争があり、誰かとの間に戦いがあり、何かとの間に争いがあっても、平安に生きることができるのではないか。

    まずは私自身が、私と和解し平和であることを追い求めたいと思います。

    そこにおいても、ひとりのみどりご、が平和を築いてくださいます。神であるにもかかわらず人となってくださった方。まことの弱い姿となってくださった方。自分では何もできないような弱さの中にある神こそ、私が私と和解し、まことの平和、平安に生きる道を拓いてくださいます。十字架にかかるほどの愛で私をこよなく愛し、復活の力をもって常に支えていてくださいます。

    この平和はだれも奪うことができません。そして永遠に変わることがありません。

    人間が、そして私自身が支配する世界ではなく、また人生でもない。神さまが治め導いてくださる私の世界、そして私の人生。この平安に生きるために、主はこの世に降ってくださいました。