静まりの時
- テーマ:目を覚ましている
- 聖書箇所:第一ペテロ4・7~11
- 日付:2026年10月02日(金)
7 万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。
8 何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。
9 不平を言わないで、互いにもてなし合いなさい。
10 それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい。
11 語るのであれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕するのであれば、神が備えてくださる力によって、ふさわしく奉仕しなさい。すべてにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。この方に栄光と力が世々限りなくありますように。アーメン。
祈りのために、心を整え身を慎む。他の訳では「思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい」。心を整えることは、思慮深くふるまうことである。
祈りという目的のために、心を整え身を慎む、のか、心を整え身を慎むことによって、祈るのか。あるいは、心を整え身を慎むことが、すなわち祈ることなのか。
それに並んで次からの聖句が続くと考えることもできると思いますが、この心を整えること、身を慎むこと、そうして祈りの生活をすること、の中身として続く聖句があると考えてもよいかもしれません。
- 何よりもまず、互いに熱心に愛し合うこと(8)
- 不平を言わないで、互いにもてなし合う(9)
- 神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合う(10)
- 語るのであれば、神のことばにふさわしく語る(11)
- 奉仕するのであれば、神が備えてくださる力によって、ふさわしく奉仕する(11)
そういう行動を通して「すべてにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられる」。神さまがあがめられるために、すべてのことをなす。そのために、何をするにも、祈りをもってする。祈りがなされているならば、愛は熱心になる、もてなし合いに不平がでない、喜びをもって互いに仕え合う、ふさわしく語り、ふさわしく奉仕する。そういう信仰生活が育まれます。
祈りをもってなされないならば、愛は冷え、不平が出る。仕え合う喜びが失われる。語るのも奉仕するのにもふさわしさが失われてしまう。
祈りをもって行うことは、神さまの愛と力によって行うことですから、逆に祈りをもって行わないということは、自分の力だけで行うこととなる。いくら立派な行動があっても自力のみで行うならば、それは神さまをあがめることにならない。