2023年5月21日聖日礼拝

動画(38分20秒)

聖書 創世記31章1節〜16節
説教 「共におられる神」
説教者 高橋博師


今月の聖句

テモテへの手紙第二4章7節〜8節

私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。


今週の聖句

ヘブル人への手紙13章5節

金銭を愛する生活をせずに、今持っているもので満足しなさい。主ご自身が「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言われたからです。


今週の詩篇の黙想

詩篇123篇

  1. 今日の123篇は苦しみの詩篇です。「ご覧ください。奴隷の目が主人の手に向けられ、女奴隷の目が女主人の手に向けられているように、私たちの目は私たちの神、主に向けられています。」(2節)都のぼりの歌です。エルサレムへの巡礼が華やいだお祭り気分の浮ついたものになりがちです。そんな中でエルサレム、やがて救い主が十字架について罪を贖ってくださるところへの礼拝の旅であることの本質を見失わないで歌っている詩篇であります。奴隷という言葉は、エジプトでの奴隷時代を連想します。罪の奴隷という言葉も思い浮かびます。ローマ書7章にかかれてあるように、したい善を行うことが出来ず、憎んでいる罪を行ってしまう、私は哀れな罪の奴隷であります。誰がこの罪から解放してくださるのか。「あなたに向かって私は目を上げます。」(1節)と詩篇記者は叫んでいます。

  2. エルサレムの神殿のかたわらで、罪人の私をあわれんでくださいと胸をたたいている取税人にイエス様は目を留めています。(ルカ18章13節)目を上げてイエス様のことを思う時、イエス様は私を罪の奴隷から救ってくださり、泥だらけの罪人の私を変えてくださいました。もしイエス様を信じていなかったら今なお罪の道を暴走しているとおもうと主に感謝をささげずにはおれません。巡礼の旅の中においても詩篇の記者は目を主に向けています。

  3. 「私たちはさげすみで、もういっぱいです。私たちのたましいは、安逸をむさぼる者たちのあざけりと、高ぶる者たちのさげすみとで、もういっぱいです。」(3~4節)。礼拝に向かう旅の中においても安逸をむさぼる者の声、高ぶる者のさげすみを受けています。私たちの天国への旅も問題の連続です。天国への旅の途上においても、気が緩んで、私たちの中にも安逸、高ぶりが出てくるでしょう。毎週の礼拝は、天国への旅の一里塚です。本当に天国の門にいる日まで、謙遜に、目を主に向けて、周囲からのさげすみやいじめがあっても、あわれみを請いつつ歩んで行きたいと願っています。今日も安逸、むさぼり、高ぶりの罪から守られるように心静めて祈り、主のあわれみを求めましょう。シャローム。

2023年5月14日聖日礼拝

動画(29分29秒)

聖書 コリント人への手紙第一12章12節〜20節
説教 「キリストを中心としたコミュニティー」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

テモテへの手紙第二4章7節〜8節

私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。


今週の聖句

エペソ人への手紙2章8節〜10節

この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。


今週の詩篇の黙想

詩篇122篇

  1. 詩篇122篇は「人々が私に、さあ、主の家に行こう、と言ったとき、私は喜んだ。」と始まっています。イスラエルのすべての人々が年に三回のエルサレムのお祭りに旅をした時に歌った歌であります。イエス様も12歳の時ナザレの人々と一緒にヨセフさんマリヤさんと一緒に100キロを超える旅をしてエルサレムでの礼拝に参加しています。その旅の道中、この歌をイエス様も喜んで口ずさまれたことでしょう。

  2. エリコからエルサレムまでは山道を登るように歩き、オリーブ山からゲッセマネの園の近辺に近づくと丘の上のエルサレムの神殿が輝いて見えてきます。東の門は閉ざされたままになっているので、キデロンの谷を迂回して嘆きの壁近辺の門からエルサレムの神殿に入る時、「エルサレムよ。私たちの足は、おまえの門のうちに立っている。」(2節)と皆で歌ったことでしょう。

  3. 「エルサレムの平和のために祈れ。」(6節)と誰かがリードすると群衆が「おまえを愛する人々が栄えるように。」と唱和します。またリーダーが「おまえの城壁のうちには、平和があるように。」(7節)と歌うと会衆が「おまえの宮殿のうちには、繁栄があるように。」と返して盛り上がって行きます。

  4. これを今日、主の家、エルサレムを教会と読み替えて歌ってみましょう。多くの人々が喜び歌いながら礼拝に集まる。そこで神の家族の平和のため、教会の中に愛があふれ、励ましあい、助け合う喜び、平和、活力があふれるように祈ることが勧められています。週に一度教会という主の宮に集まって礼拝をささげ、礼拝が終われば、それぞれ遣わされた所、召されている所で働き、奉仕をします。与えられた職務を果たします。天のエルサレム、天国の門に入るその時まで信仰の巡礼を続け、兄弟姉妹のためにとりなしの祈りをささげ続けたいと思います。

2023年5月7日聖日礼拝

動画(37分26秒)

聖書 創世記30章25節〜43節
説教 「祝福をもたらす器」
説教者 高橋博師


今月の聖句

テモテへの手紙4章7節〜8節

私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。


今週の聖句

創世記28章15節

見よ。わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。


今週の詩篇の黙想

詩篇121篇

  1. 詩篇121篇から「山辺に向かいてわれ」と言う賛美歌(新聖歌299番)が生まれています。別所梅之助という方が詩篇121篇の内容を美しい日本語の歌詞にしています。いつの日か、すべての詩篇がこのように美しい日本語で、五七調で、やまと言葉で、詩篇の本文の意味を正しく伝えながら、美しい響きのある日本語で歌えるようになる日を願っています。

  2. エルサレムで礼拝をささげるために旅をしている巡礼の人々はエリコからエルサレムに向けて最後の山登りをします。エリコは海抜マイナス400M。エルサレムは海抜800M。高低差1200M。登り切ったところにエルサレムがあり、黄金の神殿が太陽の光を受けて輝いています。エルサレムのことをシオンの山とも呼びます。その山に向かって「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。」と旅人は歌います。

  3. 3 1節に呼応して、後方の他の旅人が一斉に「私の助けは、天地を造られた主から来る。主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。」と応唱します。私たちもこのように賛美の応答をしながら天国に向かう信仰の旅を続けています。ひとりの旅ではなく、励ましあいながら、神様を賛美しながら困難や苦しみも乗り越えて歩みます。

  4. アブラハムが約束の子イサクをささげよ、と命じられて、イサクに薪を背負わせて登った山がこのシオンの山です。主の山に備えあれ、神様は信じ従う時、逃れの道、必要なささげものを用意しておいてくださいます。ダビデがサウル王から妬まれていのちを狙われて逃亡生活をしていた時、主に油注がれたものに手を出してはならない、のことばに従って、神様の助けを受け、その後神殿の建設の場所を示されたのがシオンの山です。

  5. 「主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。昼も日が、あなたを打つことがなく、夜も、月が、あなたを打つことがない。」と歌うと、また違う所から「主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる」との賛美が響きます。最後に全員で「主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまで守られる」と大きな讃美が旅の道中、多くの巡礼者の列から響いています。今週も歌いつつ、賛美しつつ、御国への旅路を進めましょう。ハレルヤ。

2023年4月30日聖日礼拝

動画(32分41秒)

ファミリー礼拝
聖書 ヨハネの手紙第一4章7節〜19節
説教 「愛の神さま」
説教者 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

エゼキエル書36章26節

あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。


今週の聖句

ヨハネの手紙第一4章12節

いまだかつて神を見た者はいません。私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにとどまり、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。


今週の詩篇の黙想

詩篇120篇

  1. 今日の詩篇120篇は「都上りの歌」と表題がついています。巡礼者がエルサレムの都に登る旅の途上で一緒にまた交互に歌った詩篇です。私たちも家庭礼拝をしますが、日曜日に教会に集まって兄弟姉妹と一緒に礼拝をします。教会での礼拝を献げながら都上りの歌を味わいましょう。

  2. 「苦しみのうちに、私が主に呼ばわると、主は私に答えられた。」(1節)1週間、私たちはそれぞれ遣わされた所、置かれた所で使命、証しの日々を送ります。そこには問題、難しいこともあります。主にある兄弟姉妹と共に、主に呼ばわって慰め、励ましをいただくのが日曜日の礼拝の恵みです。

  3. 「主よ。私を偽りのくちびる、欺きの舌から、救い出してください。」(2節)「私は、久しく、平和を憎む者とともに住んでいた。」(6節)私たちの遣わされている所には偽り、欺き、暴言、不正があふれ、孤独な環境の中で生活をせざるを得ない時もあります。

  4. 「ああ、哀れな私よ。メシェクに寄留し、ケダルの天幕で暮らすとは。」(5節)メシェクとはエルサレムからはるかに離れたロシアのカスピ海近くのコーカサス地方に住む攻撃的な民の名称。ケダルとはエルサレムから南東のアラビヤ砂漠の中に住む獰猛な好戦的な部族名です。バビロン捕囚の時に様々な所に流され辺境の地のユダヤ人の叫びです。

  5. このような環境にありながら信仰の勝利の凱歌を歌っています。「欺きの舌よ。おまえに何が与えられ、おまえに何が加えられるのか。勇士の鋭い矢、それに、えにしだの熱い炭火だ。」(3~4節)神様のことばは鋭い矢のように迫害者の舌を貫きます。聖霊は高熱で鋭いエニシダの炭火のように偽りの嘲りの舌を焼き尽くします。孤独な信仰の戦いをしている人々へのみことばと御霊の恵みです。週に一度の礼拝がたましいの安息となり、いやしとなることを心から感謝しましょう。