2024年11月24日聖日礼拝

動画(47分26秒)

聖書 使徒の働き15章36節〜41節
説教 「主の恵みは私たちに十分である」
説教者 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

詩篇123篇1節〜2節

主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させいこいのみぎわに伴われます。


今週の聖句

コリント人への手紙第一12章9節

ある人には同じ御霊によって信仰、ある人には同一の御霊によって癒やしの賜物


創世記からの黙想 創世記47章

エジプトに奴隷として銀貨20枚で売り飛ばされたヨセフは神様が共におられて、しあわせなものとなり、パロ王の夢を解いたことからエジプト全土を治める総理大臣になり、豊作と飢饉のエジプトを治めていました。飢饉に苦しむヨセフの兄弟たちはエジプトに来てヨセフのもとにひれ伏して食料を求めました。この姿を見てヨセフは少年時代に見た夢を思い起こしました。彼らが二度目に食料を求めて来た時、「私はヨセフです。父上はお元気ですか。」(45章3節)と身分をあかしています。「私はあなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。」兄たちは狐に包まれているような信じられない光景に遭遇しています。25年前エジプトに売り飛ばした弟ヨセフはエジプトのどこかで奴隷として泥まみれに働かされているか、どこかでのたれ死んでいるかと思いきや、何と超大国エジプトの総理大臣となって、11の麦の束がヨセフの麦を拝んでいたあの夢の通り、兄たちはヨセフに懇願して食料を求めています。ヨセフは兄たちに「今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです」と兄たちに語っています。エジプトの地から車を持って行って、あなたがたの父を乗せて来なさい。130才の高齢のヤコブはヨセフの用意した車に乗って、まだ見ぬ異教の国エジプトに下ろうとしています。ヤコブを乗せた車はエジプトの地ゴシェンに着き、ヨセフと25年ぶりの再会を果たしています。ヨセフは老いた父ヤコブを連れてエジプト王パロに面会をさせています。ヤコブはパロの前で、私のたどった年月は130年。私の齢の年月はわずかで、ふしあわせで、私の先祖のたどった齢の年月には及びません、パロに挨拶をしています。この両者は、方や大国エジプトの王パロ、その前に130才になって故郷を離れて異国エジプトに食料難民となって亡命しなければならない不幸せと自称するヤコブ。それでもヤコブはパロ王を祝福しています。地上的な財産が有ってもなくても、地位がいかなるものであっても、神様の与えてくださった祝福を祈る特権は失せるものではありません。貧しい老人ヤコブにあって、豊かな王パロの無いもの、それは神様の祝福を祈る力であります。この祝福を祈る恵みは死の床の神のしもべも行使することのできる特権であります。今日も神様の祝福をもたらす器として、祈りの使命に生きて行きましょう。シャローム。

2024年11月17日聖日礼拝

動画(46分59秒)

聖書 ピリピ人への手紙3章1節〜11節
説教 「キリスト・イエスを知るさいわい」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

詩篇123篇1節〜2節

主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させいこいのみぎわに伴われます。


今週の聖句

ローマ人への手紙8章13節

もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬことになります。しかし、もし御霊によってからだの行いを殺すなら、あなたがたは生きます。


創世記からの黙想 創世記46章

ヤコブは飢饉の地、イスラエルを発ってヨセフの待つエジプトに出発しました。途中、ベエル・シェバに来て礼拝をささげた夜、主は幻の中でヤコブに語りかけられました。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下るのを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民にするから。わたし自身があなたといっしょにエジプトに下り、また、わたし自身が必ずあなたを再び導き上る。ヨセフの手はあなたの目を閉じてくれるであろう。」(3~4節)130歳という老齢になって、故郷を離れ、長い旅をして、知らない異国へ向かう不安なヤコブに主は語って励ましています。エジプトへの旅をしてゴシェンの地についたヤコブをヨセフは迎えました。17歳の時に別れて、動物にかみ殺されたと信じていた最愛の息子ヨセフが生きていて、エジプトの総理大臣になっていて再会できることはヤコブには夢のようでした。「もう今、私は死んでもよい。この目であなたが生きているのを見たからには」(30節)ヨセフと抱き合って涙しています。主は3回ヤコブに語っています。若い時、エサウの殺意の中で、ハランの地を目指して一人旅をしたとき、主はベテルの地でヤコブに現れています。「わたしはあなたを祝福し、あなたをこの地に連れ戻そう、と約束を受けています。石の枕を立てて油を注いでいます。それから20年たって伯父ラバンのもとからイスラエルの地に帰ってくるとき、兄エサウが400人の郎党を引き連れて迎えに来る知らせを聞いたとき、ヤコブは震えあがりました。宿営を二つに分け、多くの贈り物を前に運ばせ、怒り狂っているだろうエサウをなだめ、妻、子を先に川を渡らせ、ひとり川のこちら側で苦悩の中にいる時、主はヤコブに語りかけてくださいました。三度目の深い主の取り扱いが、エジプトに向かうベエルシェバでの幻でした。ベエルシェバの向こうには広大な砂漠が広がっている。その砂漠を旅して、かなたの地に愛するヨセフが待っている。ヨセフの送ってきたエジプトの車を見てヤコブは出発しました。老齢になってからの出発に主なる神様はしっかりとヤコブをサポートされています。「年老いたときも、私を見はなさないでください。私の力の衰え果てたとき、私を見捨てないでください。」(詩篇71篇9節)主のご真実を確信して歩みましょう。シャローム。

2024年11月10日聖日礼拝

動画(40分58秒)

聖書 使徒の働き15章1節〜18節
説教 「分裂と和解」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

詩篇123篇1節〜2節

主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させいこいのみぎわに伴われます。


今週の聖句

ヘブル人への手紙4章12節

神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。


創世記からの黙想 創世記45章

「私はヨセフです。父上はお元気ですか。」(3節)ここに来てついにヨセフは大声をあげて泣いて自分の身分を明かしています。目の前にいるエジプトの最高権威の人物が「私はヨセフです」と名乗った時兄たちは信じられない衝撃を受けています。ヨセフは兄たちを近くに呼びよせ「私はあなたがたがエジプトに売った弟ヨセフです。今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。」(4節)ここでヨセフは自分を苦しめた兄たちを赦しています。ヨセフの使命はエジプトやイスラエルを食料危機から救うことだけではありません。兄たちが罪を認めて悔い改めて霊的に生きる者に導く使命を持っていました。イスラエルは神様の恵を証しをする使命をいただいた部族だから悔い改めて信仰に生きることが必要です。ヨセフを売り飛ばし、父ヤコブを欺いた兄たちが自分の罪に向き合って悔い改めるまでヨセフは様々な導きをしました。44章33節の「どうか今、このしもべを、あの子の代わりに、あなた様の奴隷としてとどめ、あの子を兄弟たちと帰らせてください。あの子が私と一緒でなくて、どうして私は父のもとに帰れましょう。私の父に起こるわざわいを見たくありません。」と言う兄ユダの告白を聞いて彼らの悔い改めを確信してヨセフは兄たちを赦して名乗りを上げています。「神は私をあなたがより先にお遣わしになりました。それは、あなたがたのために残りの者をこの地に残し、また、大いなる救いによってあなたがたを生きながらえさせるためだったのです。だから、今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に、神なのです。」(7~8節)大いなる救いと言うことばをヨセフは使っています。これは食糧危機からの肉体的ないのちの救いだけでなく、もっと大切な罪からの救いを現しています。ヨセフはすでに神様の取り扱いにより兄たちを赦していています。兄たちの真の悔い改めを切に願い、さまざまな働きかけをして悔い改めに導きました。悔い改めた兄たちは多くの食料を与えられる喜びだけではなく赦される喜びを感じつつ父ヤコブの待つカナンの地に帰って行きました。

2024年11月3日聖日礼拝

動画(43分18秒)

聖書 ピリピ人への手紙2章19節〜30節
説教 「励まし合う共同体」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

詩篇123篇1節〜2節

主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させいこいのみぎわに伴われます。


今週の聖句

ローマ人への手紙15章5節〜6節

どうか、忍耐と励ましの神があなたがたに、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを抱かせてくださいますように。そうして、あなたがたが心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父である神をほめたたえますように。


創世記からの黙想 創世記44章

ヨセフ物語のクライマックスです。エジプトに買い出しに行った穀物はすぐに尽きてしまいました。父ヤコブは再度エジプトに穀物の買い出しに行くことを命じます。弟ベニヤミンを同行しなければエジプトに行けないことをユダの説得でヤコブは渋々承知して二度目のエジプト行となりました。ヨセフは20年ぶりで懐かしい兄たちや弟ベニヤミンと再会していますが、ヨセフはまだ身分を明かしていません。ベニヤミンに五倍の食事を与え、兄たちの袋に穀物を一杯に詰め、銀も返却してイスラエルへ送り返しました。ヨセフはしもべに命じて自分の愛用の銀のコップをベニヤミンが盗んだかのようにベニヤミンの袋に入れておきました。彼らが帰途につたとき、ヨセフのしもべは追いついて、なぜご主人様の銀のコップを盗むのか、と尋問しました。袋を調べるとなんとベニヤミンの袋からコップが見つかりました。兄たちはベニヤミンを見捨てて帰ることをせず、一同エジプトに引き返しました。「神がしもべどもの咎をあばかれたのです」(16節)とユダは告白しています。「杯を持っているのを見つかった者だけが、私の奴隷となればよい。ほかのおまえたちは、さっさと父のもとに帰るがよい。」とヨセフは命じています。20年前、お前たちは、無慈悲にも自分の肉親の弟を見捨ててエジプトに売り飛ばしただろう。裂かれて血の付いた衣を見せる偽装工作をして悲しむ父を欺いただろう。心の中でヨセフを偏愛した自業自得の罪だと父ヤコブに冷たく言い放っただろう。今回も、ベニヤミンを見捨てて家に帰ったらよかろう。父が悲しんだら、以前と同じように適当に偽装工作をして父を欺いたらいいだろう。過去の罪を再現して罪を直視させています。この時、兄のユダが必死にベニヤミンの執り成しをします。「どうか今、このしもべを、あの子の代わりに、あなた様の奴隷としてとどめ、あの子を兄弟たちと帰らせてください。あの子が私と一緒でなくて、どうして私は父のもとに帰れましょう。私の父に起こるわざわいを見たくありません。」(33節)命がけでベニヤミンを守るユダのことば、父ヤコブに対する愛を確認したヨセフは、兄たちの悔い改めの実を確信して、45章3節で「私はヨセフです。父上はお元気ですか」と自分の身分を明かししています。シャローム。