2023年10月15日聖日礼拝


今月の聖句

ヨハネの福音書6章27節

なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。


今週の聖句

詩篇107篇1節〜3節

主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。主に贖われた者はそう言え。主は彼らを敵の手から贖い国々から彼らを集められた。東からも西からも北からも南からも。


今週の詩篇の黙想

詩篇144篇

  1. 詩篇144篇の黙想。「ほむべきかな。わが岩である主。主は、戦いのために私の手を、いくさのために私の指を、鍛えられる。」(1節)主はこの信仰の戦のために指を鍛えてくださいます。指を鍛えるとは何を指しているのでしょう。詩篇18編34節では「戦のために私の手を鍛え、わたしの腕を青銅の弓をも弾けるようにされる。」と書かれています。青銅の弓とはダビデ時代の最新鋭の兵器でした。戦いのため指を鍛え、手を鍛え、青銅の弓を弾けるようにしてくださいと祈っています。今日伝道のために、パソコン・スマホを指で操作して証しを友人に送ることが出来ます。ペンは剣よりも強いとかつて言われます。指で伝道、証しが出来るように指を鍛えてくださる主に感謝しましょう。

  2. 第二段落の5~6節では「主よ。あなたの天を押し曲げて降りて来てください。山々に触れて、煙を出させてください。いなずまを放って、彼らを散らし、あなたの矢を放って、彼らをかき乱してください。」戦いの援軍を天に向かって要請しています。力を与えてくださる主に目を向けています。敵や自分を見るだけでなく、神様に目を向けて祈っています。指を鍛えてくださる主は、指を組んで祈りの訓練、手をつき指をついて他者を尊敬し、時には手をついて謝る訓練も貴いものです。主に手を上げて賛美の訓練、主に降伏してより頼む訓練も大切です。

  3. しかし第三段落は様子が変わっています。12節「私たちの息子らが、若いときに、よく育った若木のようになりますように。私たちの娘らが、宮殿の建物にふさわしく刻まれた隅の柱のようになりますように。」平和と繁栄を祈る詩篇に進んでいます。主を自らの神とする民への幸いの約束です。この幸いに今日も満たされて主と共に歩みましょう。シャローム。

2023年10月8日聖日礼拝

動画(44分37秒)

聖書 使徒の働き8章4節〜25節
説教 「行いによって信仰は完成された」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

ヨハネの福音書6章27節

なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。


今週の聖句

ヤコブの手紙2章21節〜22節

私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇に献げたとき、行いによって義と認められたではありませんか。あなたが見ているとおり、信仰がその行いとともに働き、信仰は行いによって完成されました。


今週の詩篇の黙想

詩篇143篇

  1. 詩篇143篇はダビデの悔い改めの詩篇です。「主よ、私の祈りを聞き私の願いに耳を傾けてください。あなたの真実と義によって私に答えてください。」(1節)切実な祈りで始まっています。「生ける者はだれひとり、あなたの前に義と認められないからです」(2節)罪の赦し、魂の平安を求めています。「主よ。私を敵から救い出してください。」(9節)「あなたの恵みによって、私の敵を滅ぼし、私のたましいに敵対するすべての者を消し去ってください」(12節)と祈っています。政治的、軍事的な敵、生活、経済、肉体を苦しめる敵だけでなく、その背後にある霊的な敵、魂の自由を奪う霊的な敵からの救い、解放を祈っています。

  2. ダビデは王となり国が安定して油断しました。ウリヤの妻、バテシェバと姦淫の罪を犯しました。罪を隠蔽しようとバテシェバの夫、ウリヤを激戦の地に送って殺害しています。預言者ナタンがダビデの罪を糾弾し、ダビデは苦しみの中で告白し、悔い改めました。神様の前にすべての罪は赦されました。ダビデは生涯犯した罪の刈取りをして行かなければなりません。ダビデの子、アムノンが腹違いの妹タマルを仮病を使ってレイプしました。タマルの実の兄アブシャロムは祝宴を催してアムノンを招き殺害しました。殺人の実行者アブシャロムは母の故郷へ逃げて行きました。部下ヨアブの説得でダビデはアブシャロムをエルサレムに返して表面的な和解をしました。やがてアブシャロムはクーデターを起こし、ダビデは命からがら、わずかな部下とともに逃避行となりました。

  3. この逃亡中に祈った祈りがこの詩篇143篇です。この地上に在って罪を犯さないで過ごせる者はいません。ダビデの魂は自責の念、他者の目を気にする思いでなえてしまいます。「朝にあなたの恵みを聞かせてください。私はあなたに信頼しています。私に行くべき道を知らせてください」(8節)「あなたのみこころを行うことを教えてください。あなたこそ私の神であられますから。あなたのいつくしみ深い霊が、平らな地に私を導いてくださるように」(10節)罪を犯さない人は一人もいません。主に告白して赦されない罪はありません。過去の罪が赦され癒され、罪は海の深みにまで沈められて(ミカ7章19節)私たちは新しくされていることを感謝しましょう。シャローム。

2023年10月1日聖日礼拝

動画(44分37秒)

聖書 創世記45章1節〜15節
説教 「神が私を遣わされた」
説教者 高橋博師


今月の聖句

ヨハネの福音書6章27節

なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。


今週の聖句

エレミヤ書29章11節

わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。


今週の詩篇の黙想

詩篇142篇

  1. 今日は詩篇142篇からの黙想です。表題には「ダビデのマスキール。ダビデが洞窟にいた時に。祈り。」と書かれています。この洞窟はアドラムの洞窟です。ダビデはサウルから追われていました。ダビデにはイスラエルには安全な居場所がなくなり、敵地ペリシテのガテのアキシュ王のもとに身分を隠してのがれました。そこにおらなくなると荒野のアドラムの洞窟に、さらに死海のそばのエンゲディの洞窟に身をひそめました。

  2. 詩篇142篇はこのような洞窟に身をひそめ孤独な中で歌ったダビデの祈りの詩篇です。「私は主に向かい、声をあげて叫びます。声をあげ、主にあわれみを請います。私は御前に自分の嘆きを注ぎ出し、私の苦しみを御前に言い表します。」(1~2節)声をあげる表現が二度繰り返されています。友や仲間のいない荒地で、聞いてくださる主に向かって声をあげて叫んでいます。この叫びは5節で主は我が避所と発展します。「主よ。私はあなたに叫んで、言いました。あなたは私の避け所、生ける者の地で、私の分の土地です。」叫びが信仰の告白になって行きます。あなたこそ私の避けどころ。

  3. 孤独な中で3節では霊が衰えていきます。霊の衰えの中でも「私の叫びに耳を留めてください。私はひどく、おとしめられていますから。どうか、私を迫害する者から救い出してください。彼らは私よりも強いのです。」と6節で祈り、「私のたましいを、牢獄から連れ出し、私があなたの御名に感謝するようにしてください。」と7節で魂が牢獄から連れ出され、御名に感謝するようにと祈っています。この祈りの後、ダビデはエンゲディに逃れてそこでも洞窟の中に避難しています。その時サウル王が用をたしにダビデのいることを知らずに入って来た時、主に油注がれた者に手を出すことが出来ない。神様が取り除いてくださるとの信仰から、サウルの衣の裾だけを切って、その旨をサウルに告げています。孤立無援の中で、神様御自身に信頼する信仰が養われて行きます。私たちも孤独に陥る時、洞窟のように魂が閉じ込められる時、たましいの弱る時、主に声をあげて泣き、叫び、祈りましょう。「あなたは私の避け所、生ける者の地で、私の分の土地です。」(5節)

2023年9月24日聖日礼拝

動画(46分51秒)

聖書 サムエル記第二章8節〜17節
説教 「我が王に仕える」
説教者 エドウィン・ウォング師


今月の聖句

ヨハネの黙示録21章3節〜4節

見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。


今週の聖句

ヨハネの手紙第一3章16節

キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。


今週の詩篇の黙想

詩篇141篇

  1. 141篇は夕べの祈りです。一日の戦いを終えて神様の守りを感謝する祈りです。「私の祈りが、御前への香として、私が手を上げることが、夕べのささげ物として立ち上りますように。」(2節)詩篇記者は夕べに感謝の祈りをささげています。周囲の無理解、いじめ、迫害、理不尽な要求、正義が捻じ曲げられている社会での一日を送り、罪に挑発されながらも、信仰を守った人の夕べの祈りです。祈りが愚痴とならないように願い、良い香りの感謝のささげものとなるようにとの祈りです。香水はいい香りです。ナルドの石膏のつぼを割った時、部屋中いい香りでいっぱいになりました。感謝のことば、喜びのことば、前向きのことばは心にいい香りを届けます。夕べの祈りが、怒りや不満やつぶやきであるなら、いい香りの祈りではありません。一日、主を見上げて戦い、夕べにはいい香りの感謝と賛美の祈りがささげられるように、神様の恵みへの感謝の応答が出来るように、朝、祈って出かけましょう。夕べには、主の恵みを数え、捜し、心に思い浮かべて、感謝のささげ物、賛美のささげ物をささげています。

  2. さらに夕べの感謝の祈りは「主よ。私の口に見張りを置き、私のくちびるの戸を守ってください。私の心を悪いことに向けさせず、不法を行う者どもとともに、悪い行いに携わらないようにしてください。私が彼らのうまい物を食べないようにしてください。」(3節)と霊的成長を祈る祈りに発展します。周辺で如何に罪多き言葉が飛び交っていても、その挑発に乗ることなく、私の口に見張りを置いてください、くちびるの戸を守ってください、悪の挑発、誘惑に乗らないように守ってくださいと祈っています。

  3. 「正しい者が愛情をもって私を打ち、私を責めますように。それは頭にそそがれる油です。私の頭がそれを拒まないようにしてください。彼らが悪行を重ねても、なおも私は祈ります。」(5節)忠告、叱責を受けることを通して、さらに自分を聖なる者へと導いてくれるようにと祈っています。朝の祈りをささげて、一日の働きを終え、今晩も感謝の香り良き祈りがささげられるように、主を仰いで歩みましょう。シャローム。