私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い

    静まりの時 イザヤ55・8~11
    日付:2023年06月08日(木)

    8 「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、
       あなたがたの道は、わたしの道と異なるからだ。
       ──主のことば──
    9 天が地よりも高いように、
       わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、
       わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
    10 雨や雪は、天から降って、もとに戻らず、
       地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、
       種蒔く人に種を与え、食べる人にパンを与える。
    11 そのように、
       わたしの口から出るわたしのことばも、
       わたしのところに、空しく帰って来ることはない。
       それは、わたしが望むことを成し遂げ、
       わたしが言い送ったことを成功させる。
    (イザヤ55・8~11)

     神さまの み思い、神さまの道は私たちに人間と異なる、私たち人間の思い、道よりもはるかに高い、といいます。どう高いのか、どのよう違うのか。それは雨や雪が、ひとたび天から降って地に落ちるならば、そこで地を潤し、植物を育て、人間に食物を与えるようになる。そのように、神さまの言葉も、ひとたび神さまの み口から出るならば、それらは空しく神さまのもとに帰って来ることはなく、必ず、神さまのお望みになることを成し遂げ、神さまが語られたことを成功させるのだ、と。
     神さまのお言葉は、必ず成就する、空しくなることはない。それが人間の思いと神さまの思いとの違いである、というのです。

     神さまの言葉は、私たちを生かします。絶望の中にも希望をもって生きるために人間に必要なものは、神さまのお言葉です。おおよそ人間はそのようには考えないかもしれません。言葉など何の役にも立たない、と。しかし神さまの言葉こそ、それが人間の言葉ではなく神さまの言葉であるからこそ私たち人間を生かすものなのです。
     神さまの言葉こそ私たち人間を生かすものである、と信じることは、あらゆる中にあって希望に生きる道を私たちに与えます。人間的に見れば絶望しか見えない中にあっても、希望をもって生きる者としていただけるのです。

    そのように、私の口から出る私の言葉も
    空しく私のもとに戻ることはない。
    必ず、私の望むことをなし
    私が託したことを成し遂げる。
    (イザヤ55・11、共同訳2018)