私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 永遠の昔に定められた神の恵み

    神が人間に対して働かれる以前に人間は先ずどのような必要条件を充たしたかというようなことが、驚くほど強く私たちの関心事となっている。しかしそれらすべての救いの前提条件は、恵みが「永遠の昔に」私たちに与えられているという神の言明によって、私たちから、あっさりと取り除かれる。それ以前には、何も存在しないのである。

    リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、323頁
    第2テモテ1章9節
    2012年10月04日(木)

    リュティは私たちの驚くほど強い関心事ととして「神が人間に対して働かれる以前に人間は先ずどのような必要条件を充たしたかというようなこと」を指摘します。

    救われるために、あるいは神さまの祝福をいただくために、私たちが、神さまが働かれるより前に何をなしたか、ということが関心事となっているというのです。

    この関心事から自由にして頂かなければなりません。そうでないと神さまの祝福はないのです。あるいはせっかく与えていただいている神さまの恵みを味わうことができないのです。

    福音が前進します。それも神さまのみ業であり恵みです。救われる人が起こされる、諸問題が解決していく、それらも神さまの恵みです。「永遠の昔」に神さまによって定められた恵みです。

    物事がうまくいかない、思うように前進しない、などに直面すると私は何を「なさなかったか」と振り返ってしまうのですが、神さまが永遠の昔から定めていてくださるのですから、いたずらに私の行いを振り返るのではなく、そのような中にあっても神さまの恵みを見上げていたいと思います。