私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • はなむけ

    すなわち、彼らの王は、彼らに、聖霊をー
    御自身の不懐の彼岸的生命を、彼御自身を、旅路のはなむけとして与えられたのである。

    リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、183頁
    ヨハネの福音書20章22節
    2013年05月24日(金)

    主イエスさまは復活されて40日を地上を歩まれ、そして昇天されました。

    この40日間は独特の40日でした。

    御降誕から十字架までの間のイエスさまでありつつ、しかし、同時に栄光のからだをお持ちになっておられます。

    栄光のからだ。もはや滅びることのない栄光のからだ。扉を閉ざして閉じこもる弟子たちのところにやってくることのできる物質を超えたからだでありつつ、弟子たちと朝食をともにすることのできるからだ。手と足、わきに十字架の時につけられた傷が残るからだ。

    何とも不思議です。

    しかしこの不思議の中に、私たちの希望があります。昇天までの40日間はこの希望を私たちに語っています。私たちも栄光のからだに創りかえられるのです。

    はなむけ、とは、馬をコントロールするときに行かせたい道に、鼻を向ける、ということからできたことばであるとか・・・。この栄光のからだのイエスさまが、弟子たちの、そして私たちの人生のはなむけとして、聖霊を与えてくださいました。

    聖い霊である神さまの導きに従って生きるようにと。栄光のからだに結び付けられていることを見失うことなく。