私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 継続的に必要な悔い改め

    この悔い改めと信仰は、以前に神の国に入るときに必要であったように、恵みの中で継続的に成長するために必要なのです。

    マルコによる福音書1章15節
    2013年6月29日(土)

    『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
    (編)A.ルシー、(訳)坂本誠
    194頁

    イエスさまを信じてキリスト者になるときに「悔い改め」を経験します。悔い改めとは「方向変換」という意味があります。罪に向かう私たち罪人が神さまの方向を向くのです。過去の過ちを神さまの前に告白して罪の赦しを請います。十字架と復活によってなしてくださった贖いのみわざが自分のためであったことを信じます。そうしてキリスト者としての歩みを始めます。

    始まったキリスト者としての歩みの中でも、継続的に悔い改めが必要です。日々犯し続ける罪に対する悔い改めが必要です。もちろん神さまは最初に信仰に入った時の悔い改めによって、過去、現在、将来の罪一切を赦してくださいました。ですから極端な言い方をすれば最初に悔い改めているのですからその後は継続的に悔い改めなくても赦されています。

    しかし恵みの中で継続的に信仰者として成長するために継続的な悔い改めは必要なのです。子どもが成長していくようにキリスト者が成長していくために日々の悔い改めが必要なのです。継続的な悔い改めをしないならばいつまでたっても赤ちゃんのキリスト者です。しかし日々の悔い改めは豊かなキリスト者に成長させます。