私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 相手を攻撃することのない良心

    相手を攻撃することのない良心を持ちつつ、福音の担い手である牧者は、自己否定の教理に反対しないようにしましょう。

    使徒言行録14章22節
    2013年9月26日(木)

    『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
    (編)A.ルシー、(訳)坂本誠
    287頁

    最初の点までの文章と、次の文章とを入れ替えるとこうなります。

    「福音の担い手である牧者は、相手を攻撃することのない良心を持ちつつ、自己否定の教理に反対しないようにしましょう。」

    これで少しわかりやすくなったような気がしますが、原文の意味を現わしているでしょうか。

    牧者は福音を神さまから担わせていただいています。福音の担い手としてふさわしく生きるために二つのことが語られています。一つは、「相手を攻撃することのない良心を持つ」こと。もう一つは「自己否定の教理に反対しない」こと。この二つのことが一つとなることが大切です。

    言い換えれば、自己否定の教理に反対しないようにしようとすると、相手を攻撃しやすいということでしょう。確かに自分自身を十字架につけるようなことを語ろうとするときは、相手を攻撃しやすいし、相手も傷つきやすいものです。

    人間は、正義が自分にあると思うとき、相手を攻撃しやすいのです。人を傷つけて成り立つ正義などというものは何の意味もないということがいつになったら私たち人間はわかるのでしょうか。