私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 死の死

    〔神の呪いと祝福のもとで生きる〕

    2014年3月23日(日)

    「あなたは、ちりだから、ちりに帰る。」(創世記3:19)

    人間は、善と悪の分裂の中で、神なしでは、他の人間なしでは、自然なしでは生きていくことができない。しかしそれにもかかわらず、人間は、神と分裂し、他の人間と分裂し、自然と分裂することによって、もはや、神や、他の人間や、自然と共に生きることができない。これが、変容を遂げた世界、破壊された世界の姿である。
    ・・・
    しかし、憐れみに満ちた神の保持のもとに生きる人間にとって、「死」は、すなわち「最後の恐るべき呪いとして人間に負わされた死」は、あるいは別の言葉で言えば「ちりに帰るべき必然性」は、今や恵みの神の約束であることが明らかになる。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、145頁f。

    破壊された世界の中に生きなければならない人間にとって、死は呪いであるとともに、恵みの神の約束であるといいます。
    死に向かって生きる者であるからこそ、人間らしく生きることができる、ということでしょうか。

    (祈り)
    神さま、みずからが死ぬ者であることをきょうも覚えさせてください。この分裂した世界にあってあなたの喜ばれる道を選択することができるように。