私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 異国の地にある巡礼者の祈り

    〔私の心を開いてください〕

    2014年3月27日(木)

    「わたしはこの地上のあっては旅人です。あなたの戒めをわたしに隠さないでください。」(詩篇119:19)

    もし私が、自分の原則に満足するなら、この詩人の祈りを理解することはできない。しかし、もし私が、神ご自身に道を示してもらおうとするなら、その時私は、与えられることも拒絶されることもある神の恩寵から離れられないであろう。
    ・・・
    ここで語られていることは、<神の戒めがわれわれの側の原因で隠れたものとならないために、神の恩寵が願い求められられなければならない>ということである。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、153頁f。

    神さまからの戒めが見えなくなってしまっているとき、私たちは自分の原則で生きてしまいます。そしてその自分の原則で生きることに満足してしまったら、神さまの恵みの戒めを求めることがなくなってしまいます。
    しかしひとたび神さまの戒めの恵み深さを知るなら、それから離れられない、とボンヘッファーは語ります。確かに神さまの一方的なご愛の中で、この戒めは与えられたり拒絶されたりするように感じますが、神さまは聖書の言葉をもって常に語っていてくださいます。私たちが心を開くならば、み言葉は私たちの心に光のように差し込んできます。そうして冷えた心を温め、病んだ心を癒し、弱った心を強めてくださいます。

    (祈り)
    神さま、あなたの戒めを私に隠さないでください。