私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます

    静まりの時 ピリピ4・10~20〔真の富〕
    日付:2025年01月25日(土)

    19 また、私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。

     神さまは、豊かなお方である。その豊かさにしたがって、私たちの必要をすべて満たしてくださる。それが私の神である、とパウロは語ります。
     ピリピの教会はパウロの必要を覚えてなにがしかの献げ物をしたようです。それについての感謝が。ピリピ4章10節から語られています。おそらくパウロの困窮を知って、自分たちの中から募金をし、パウロに送金したのでしょう。
     ピリピの教会はありあまるほどに豊かであったので、パウロに献金ができたのか。そうかもしれませんが、10節を読むと、何らかの事情でそれが途絶えていた時期があったことを想像します。しかし何がきっかけになったのかわかりませんが、再び資金的な援助をし始めたようです。
     ピリピの教会も、初代の諸教会がそうであったように、けっして豊かな組織であったわけではなかったと思います。しかしパウロの働きを、あるいは伝道者たちの働きを、そしてそれは他教会の働きを支えよう、協力しようという心を持っていたのです。すでにそこに真の豊かさがあるように思います。
     そのような教会に向かってパウロは語ったのです。

    「私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます」。

     神さまがどれだけ豊かなお方であるのか。神さまが豊かなお方であることを信じることが出来なかったならば、献げることに躊躇するかもしれません。しかし神さまが豊かなお方である、その豊かさに従って自らの必要をすべて満たしてくださる、そう信じているから、他者の必要のために献げ物をすることができる。その献げ物は、おのずと神さまへの信頼に比例していくことになる。

    「1 さて、兄弟たち。私たちは、マケドニアの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせようと思います。
    2 彼らの満ちあふれる喜びと極度の貧しさは、苦しみによる激しい試練の中にあってもあふれ出て、惜しみなく施す富となりました。
    3 私は証しします。彼らは自ら進んで、力に応じて、また力以上に献げ、
    4 聖徒たちを支える奉仕の恵みにあずかりたいと、大変な熱意をもって私たちに懇願しました。
    5 そして、私たちの期待以上に、神のみこころにしたがって、まず自分自身を主に献げ、私たちにも委ねてくれました。」(第2コリント8章1~5)

     このマケドニアの諸教会のひとつが、ピリピ教会です。