私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 幸いなことよ 主を恐れ 主の道を歩むすべての人は

    静まりの時 詩篇128・1~6〔豊かないのち〕
    日付:2025年05月07日(水)

    1 幸いなことよ
     主を恐れ 主の道を歩むすべての人は。
    2 あなたがその手で労した実りを食べること
     それはあなたの幸い あなたへの恵み。
    3 あなたの妻は 家の奥で
     たわわに実るぶどうの木のようだ。
     あなたの子どもたちは 食卓を囲むとき
     まるでオリーブの若木のようだ。
    4 見よ 主を恐れる人は
     確かに このように祝福を受ける。

     ぶどうの木、オリーブの木は、聖書の文化の中では日常的な植物で、日々の生活を営むために不可欠のものだったのだと思います。主を恐れる(畏れる)ことが、その人の人生において具体的な祝福の実を結ぶ、のです。
     信仰は、どちらかというと精神的なことを扱っているようにも思えますが、聖書はそれだけではなく、生活の全般における祝福を語ります。
     主を「恐れる」、は他の訳では「畏れる」、すなわち恐怖するのではなく、畏敬の念を持つことです。畏敬とは、かしこまり敬うこと、とありますが、大切にすること、愛することだと思います。あるいは何にをするにも第一番目に考えることです。

     過去の出来事、日々起こる出来事の中にも、そこに神さまに御手を発見する。
     語ろうとすること、行おうとすることに、神さまのみこころを求める。
     明日のことを神さまに御手にゆだねる。
     そのように神さまを第一番目に考えるならば、その人生は豊かな実を結ぶのです。