「俺は、賭博をやめたよ」
おきくは黙っていた。ただ腰に回して民次を支えている腕に力をこめた。強い力だった。
「お前、家の方は遅くなってもいいのか」
「家?」
おきくは怪訝そうに民次の顔をのぞいた。それからまぶしそうな笑顔で民次を見上げて言った。
「あたしの家は、横網町にしかないもの」
提灯の光に浮かび上がった二人の影は、ニノ橋を渡ると、人気もない相生町の町並みを、ゆっくりと遠ざかって行った。どこかで夜廻りの拍子木の音が微かにひびき、雪は音もなく降り続けていた。
藤沢周平、『夜の橋』、「夜の橋」、67ページ
夫、民次の賭博のくせに愛想を尽かし家を出たおきく。いろいろあって元の鞘に戻ります。家というものをもつのは人間だけでしょうか。動物には巣がありますが、家なのでしょうか。家には独特の響きがあります。
犬は人につくが猫は家につくといいます。我が家の2匹の猫たちも家についているのでしょうか。
教会堂の二階を牧師館として、そこが家となって18年が過ぎようとしています。4人の子どもたちもここで育ちました。時に国道の中央分離帯で寝起きしているような気持ちになることもありますが、夜露をしのぐことができるだけでも感謝です。何よりも家族がいます。やはり家なのです。
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