まず、グリーンのスカートに白いブラウスを着て、胸元にさげた赤ん坊の掌ほどの金の十字架を指先でまさぐりながら、金田香代は、
「いつもイエス様と一緒」
と笑った。会長の菊池政一にねだって買ってもらったばかりの十字架である。お礼代わりにといって菊池に差し出した紙切れには、少々いびつなペン書きで次のような自作の詩がしたためてあった。
「何故か毎日楽しいの 一日中が楽しいの
どなたか私の一日の 友になってて下さるのお庭の青い草の葉に 嬉しく笑って生きている
短い命の露でさえ 主のみ恵みに生きてるの何時も感謝にほほえんで 涙もなやみも知らないで
私の心はイエスさまが ご存じだから楽しいの」大正五年生まれとは思えないあどけなさが彼女の特徴の一つである。ごぢんまりとした丸顔に銀杏返しに結い上げた髪と、くるくるよく動く目はナザレ園には奇妙なほどコケティッシュで、水商売の前歴を感じさせる。
(上坂冬子、『慶州ナザレ園 忘れられた日本人妻たち』、中央公論社、1982年7月15日発行、100ページ
教会に通うようになったのにオルガンを聴くのが好きだったからと語る金田香代さん。激動の人生の中で無国籍となり出入国のための手段がない、と書かれていました。
どんな中にあってもイエスさまが一緒にいて下さいます。イエスさまが一緒にいて下さるということは本当に大きな力なのですね。
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