それは与える愛ですが、求められることを必要としています

幼いものの必要、またその求める愛は誰の目にも明らかです。母親の側の与える愛もまた明らかです。母親は子を生み、父を与え、子を保護します。しかし母親は同時に、子を生み落とさなければ死んでしまうのです。父を与えなければ乳房が痛むのです。このように母親の愛情はまた、求める愛でもあります。ここに逆説があるのです。それは求める愛ですが、それが必要としているのは与えることです。それは与える愛ですが、求められることを必要としています。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、230-232頁

2019年6月12日(水)

求める愛と与える愛を二つに分けてかんげると分かりやすくなるのですが、しかしそれでは、求める愛の中に潜んでいる与える愛の姿、与える愛の中に潜んでいる求める愛の姿が見えなくなってしまいます。分かりやすくするということにはいつも落とし穴があります。
「サウルは、息子のヨナタンと家臣の全員に、ダビデを殺すようにと命じた。しかし、サウルの息子ヨナタンはダビデに深い愛情を抱いていたので、」(1サムエル19・1)