病そのものについての診断

なぜ、私たち人間は変えられなければならないのでしょう。この問いに対してクリスチャンは、それは人間が自由意志にを行使して悪しきものとなったからだと答えます。
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キリスト教はいまや、治療法について患者に耳を傾けてもらうまえに、病そのものについての診断―それはむしろ悪しきおとずれですが―を下さなければならなくなっているのです。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、229-230頁

2019年6月11日(火)

自らが罪びとである、救われなければならないものである、と知ることができるということは、とても大切なことです。ありがままの私が愛されているということと、その私が変えられなければならないものであるということ、この二つのことを知ることが大切なことなのです。おそらくこの二つのことは、別々のことではなく、深い所でつながっている一つのことなのだと思います。

「人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、『兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。』」(使徒2・37)