私は自分をどのように愛しているでしょうか

「自分を愛するように隣人を愛しなさい」とは、どういう意味でしょうか? 私は自分をどのように愛しているでしょうか?
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私が自分を愛しているのは、自分がいい人間だからではありません。
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私の心の目が澄んでいるときには、私は自分をいい人間だなどとは思いません。それどころか、ひどい人間だと自覚しています。私は自分のある行為を恐怖し、嫌悪します。自分自身に対してもそうするのですから、私が敵のある行為を憎み嫌うことは許されていると言っていいでしょう。
キリスト教の先達はつねに、悪人の悪行は当然憎むべきだが、当の人間そのものを憎んではならないと教えてきました。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、114f頁

2019年3月21日(木)

自分を愛することは、たんに自分を好きになることとは違うようです。嫌悪するほどの自分の醜さを知りつつ、神さまがそのような私を愛していて下さることを教えられ、そうして自分を愛する道を学び始めます。
そのような愛をもって、隣人を愛しなさい、と私たちは招かれています。

「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。」(レビ19・18)
「イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」」(マタイ22・37-40)