創世記21章22節には、ゲラルの王アビメレクと将軍ピコルとがアブラハムに告げている言葉が記されています。
「あなたが何をしても、神はあなたとともにおられる」(新改訳、創世記21章22節)
アブラハムは決して立派な人間ではありませんでした。失敗もしましたしうそもつきました。しかしそのようなアブラハムを見て「あなたが何をしても、神はあなたとともにおられる」と語られているのです。
良い行いをすれば神さまはともにいて下さる、というのではなく、神さまのみこころの通りに歩んでいるから神さまはともにいて下さるというのでもありません。どんなに罪を犯しても、どんなに神さまのみこころを違えても、神さまはアブラハムとともにいて下さったのです。そしてアブラハムの歩みを見た人も神さまがともにおられる事実を見せつけられたのです。
これは決して良い行いなどしなくてもよい、神さまのみこころなど後回しでもよい、などということをいっているのではありません。
人間は罪人であり、少々の良いことが出来たとしても、また神さまのみこころの通りに歩めたとしても五十歩百歩です。神さまがともにいて下さること、神さまの祝福があることは、人間の側の何かによって左右されることではなく、神さまの一方的な御愛によるものなのです。
このことを忘れたときに人間は傲慢になり、感謝を忘れてしまいます。そして人間でなくなってしまうのです。
今日生かされていることも神さまの一方的な御愛によるものであることを深く感謝をもって覚えたいと思います。
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