静まりの時 2022年10月20日(木)
第一列王記17・8~16
8 すると、彼に次のような主のことばがあった。
9 「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしはそこの一人のやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」
10 彼はツァレファテへ出て行った。その町の門に着くと、ちょうどそこに、薪を拾い集めている一人のやもめがいた。そこで、エリヤは彼女に声をかけて言った。「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。」
11 彼女が取りに行こうとすると、エリヤは彼女を呼んで言った。「一口のパンも持って来てください。」
12 彼女は答えた。「あなたの神、主は生きておられます。私には焼いたパンはありません。ただ、かめの中に一握りの粉と、壺の中にほんの少しの油があるだけです。ご覧のとおり、二、三本の薪を集め、帰って行って、私と息子のためにそれを調理し、それを食べて死のうとしているのです。」
13 エリヤは彼女に言った。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。その後で、あなたとあなたの子どものために作りなさい。
14 イスラエルの神、主が、こう言われるからです。『主が地の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、その壺の油はなくならない。』」
15 彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。
16 エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、壺の油はなくならなかった。
(第一列王記17・8~16)
預言者エリヤは「あなたを養うようにしている」との主の言葉を聞きました。その言葉に従って出かけた先にいたのは、貧しいやもめとその息子でした。貧しさのあまり今にも死のうとしている親子によって、主は「あなたを養うようにしている」と言われたのです。
その親子にエリヤは水を飲ませてほしいと願います。親子の貧しさを見てさすがに気が引けたのか「ほんの少しの水を」と言います。しかしその後で「一口のパンも持ってきてください」と言うのですから、遠慮しているのかどうか分からないですね。
やもめは言います。わずかに残っている小麦粉と油とでパンを焼き、親子で最後(最期)の食事を取ろうとしているのです、と。貧しさの極致です。
しかしエリヤは言います。まず私のために食事を整えてください、その後であなたと子どものために作りなさい、と。情け容赦のない言葉に聞こえますが、どうなのでしょうか。これに重ねてエリヤは主の約束の言葉を語りました。
「主が地の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、その壺の油はなくならない。」(14)
やもめは、エリヤの言葉の通りにしました。すると、エリヤを通して言われた主の言葉の通りに、かめの粉も、壺の油もなくなりませんでした。長くやもめたちを養ったのです。預言者を通して語られた神さまのお言葉に従ったところに、神さまの奇跡が起こりました。
かめの粉、壺の油がなくならない。使っても使ってもなくなることがない。それは奇跡でしょう。しかしその前にもう一つの奇跡が起こっています。今まさに死のうとするほどの貧しさの中にありながら、まず預言者エリヤの言葉に従って、エリヤの食卓を優先した、そのように神さまのお言葉に従った、という奇跡が起こっています。やもめの心の中に起こった奇跡。主のお言葉に従うという信仰の奇跡が起こったのです。この奇跡が、もう一つの奇跡を生み出しているのではないでしょうか。
神さまは、貧しい者を用いてご自身のみわざをなさいます。五つのパンと二匹の魚を用いて5千人の食卓を準備されました。墓に急ぐ女性たちを復活の証人とされました。わずか12人の弟子を用いて世界への宣教を開始されました。使徒パウロは弱さの中に遣わされました。
「ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです。」
(第二コリント12・10)
初代の教会も、貧しさの中にあっても、献げる恵みに生かされました。
「彼らの満ちあふれる喜びと極度の貧しさは、苦しみによる激しい試練の中にあってもあふれ出て、惜しみなく施す富となりました。」
(第二コリント8・2)
そして何よりもイエスさまご自身が、神であるにもかかわらず、まことに小さく貧しい者としてこの地に立ってくださいました。そして私たちに語りかけてくださいます。
「イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話し始められた。
『貧しい人たちは幸いです。
神の国はあなたがたのものだからです。
今飢えている人たちは幸いです。
あなたがたは満ち足りるようになるからです。」
(ルカ6・20,21)
昨日は銀行に寄った帰りに自動車運転免許の更新に警察署に行きました。おかげさまでこのところ5年に一度となっています。スムーズに進む手続きの中で、ただ一つ心配なのは視力検査です。小学校高学年ぐらいから近視が始まり、順調に進んで、30代ごろからは、メガネもコンタクトも、お店や眼科には常時備えておられない度数のレンズでなければ視力が出ないことになりました。ここ数年ほどは、これに老眼やかすみが加わり、視力検査がなかなか難しいのです。
疲れ目のための目薬を持参して、検査の少し前に点眼し、目をぎゅっとつむり、ぱっと開く、を数回繰り返し、そうして検査に臨みました。かろうじて検査にパスできました。良かったです。