私たちが義と認められるために、よみがえられました

静まりの時 2022年5月25日(水)
ローマ4・13~25

「・・・しかし、『彼には、それが義と認められた』と書かれたのは、ただ彼のためだけでなく、私たちのためでもあります。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、義と認められるのです。主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられました。」

(ローマ4・23~25、新改訳2017)

 イエスさまの十字架の犠牲が、私の罪のためであった、そのことを信じることによって、義と認められる、と学んできたと思います。しかしここでパウロは

「私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、義と認められるのです。主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられました。」(24b,25)

と語ります。つまり義と認められるためには、イエスさまの復活を信じなければならない、というのです。いったいどういうことでしょうか。あるいは復活を信じることが、義と認められる道をひらく、というのです。

 私たちの罪の「代償的犠牲」をイエスさまは十字架で支払って下さいました。ですから私たちの罪は解決されています。そのことを信じるならば義と認められる、というのは理屈としてよくわかることです。しかしそこで、私がほんとうに神さまに義と認められる、ということが起こったということを、この私がどのように信じることができるのでしょうか。

 たとえば、大きな借金を背負っていて、それを代わりに支払ってくれた方がおられた、それで借金は帳消しになっている、と風のうわさに告げられたとします。しかしその事実をどうして私は私のものとすることができるのでしょうか。さんざんやってきた借金取りが来なくなった、ということで分かってくるということもあるかもしれませんが、一番良いのは、自分が借金をすることになった相手から、もう帳消しですよ、と言ってもらうと安心ですね。しかしそもそも、そのように誰かが支払ってくれた、などということで、果たして自分の借財がなくなるというようなことが、現実にあるのだろうか、などと考えると、まだまだ不安が残ります。

 この4章でアブラハムの信仰による義が論じられてきたのですが、アブラハムの信仰とは、結局のところ、高齢の夫婦である自分たちから生まれるはずのないイサクが生まれるということ、またそのイサクを献げてしまっては神さまの約束が果たされなくなるという理解を超えた事態においても神さまに従順に従い、神さまを信頼したこと、それがアブラハムの信仰でした。すなわち、不可能を可能とする神さまを信じた、ということです。

 不可能を可能とする神さま。それは何よりも、罪びとである私を義人と認めてくださる、というどう考えても不可能なことを、この神さまは可能としてくださったということです。なぜそんな不可能なことがこの神さまにはお出来になるのか。その証拠が、死からの復活において明らかになった、ということなのです。もともと罪によって進入してきた「死」(創世記3章)を、このイエスさまは、復活によって「死」のとげを取り去って下さった、死を骨抜きにしてくださった、そんな不可能なことを可能としてくださった神さまなのだ。だから、罪びとである私が義人と認められるという不可能なこと、罪の中に死んでいた私を生かしてくださる、復活させてくださる、そのような信仰に生きる、という不可能なことを、この神さまは可能としてくださる、それを信じることが、復活を信じるということです。ですから復活を信じることによって、私たちは「神さまによって義と認められる」ということを信じる者にしていただけるのです。

 私が信じる、信じている、神さまに信頼している、ということそのものも、不可能を可能としてくださる神さまの全能の御業によるのだ、というのですね。十字架だけを信じる信仰では、いつの間にか律法主義に陥ることになりやすいのだと思います。復活を信じてはじめて私たちはすべてを全能の神さまにおゆだねする健やかな信仰に生きることができるのです。

 昨日は、娘が検診に行くということでその子ども(孫)の面倒を見ることになって出かけたのですが、うっかり時間つぶしの本を持参するのを忘れました。孫の面倒を見るのに読書をもくろんでいるという不謹慎さはさておき・・・。本を忘れたことを聞きつけた在宅勤務の婿さんが、仕事の合間に本を貸してくれました。遠藤周作の『人生のエッセイ 無駄なものはなかった』(鶴見俊輔監修、日本図書センター、2000年)。その中から・・・

「毎回、数学の試験の時は白紙で出し、零点をもらって家に帰った。私とちがって小さい時から早熟だった兄が心配したらしく、白紙はいけない、わからなくても何かを書け、と言った。
 次の試験の時、兄のこの言葉を思いだして何かを書かねばならぬと思った。しかし『三角形の内角の総和が百八十度であることを証明せよ』という問いに数学無能者の私は何を書いていいのか、わからない。やむをえず次のように書いた。
『そうである、まったく、そうである。ぼくもそう思う』
 もちろん数学の先生は怒り、私の頬べたを張り、零点をつけた。
 だがあとで考えてみると数学こそ零点でも『そうである、まったく、そうである。ぼくもそう思う』という答えをひねりだしたのも一つの才能である。私の裡(うち)にあるその才能が数学の先生はおわかりにならず、零点とビンタとをくださったのだが、今日どうにか私が小説家になった能力には、右にのべたような才能(?)のおかげもあるのだ。」
(28頁f)

 これには続きの文章があり

「この思い出が私にとって大事だった証拠には、後年、いくつかの大学の非常勤講師をやり、学生に答案を書かせるようになった時、まともには劣等な答案にも、別の形で埋もれた能力があると思い、白紙でない限り落第点をつけられなかった。」(同、29頁)

なんともほのぼのとした、あたたかい文章に出会いました。