掛け算の奇跡を見る

執筆者:

カテゴリ:

掛け算の奇跡を見る
2016年5月7日(土)

欠乏を基準とした考え方の反対は、潤沢を基準とした考え方です。・・・「みんなに十分ある、十分以上ある。食べ物、知識、愛・・・すべてが」と。
・・・
こうした心構えで暮らす時、私たちは分かち合ったものがいく倍にも増える奇跡を目の当たりにするでしょう。食べ物、知識、愛・・・すべてが、しかもまだ有り余っていることでしょう。

ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
171頁。

五千人の奇跡、四千人の奇跡の解釈として、一人の少年の献身が人々の心を動かし、人々がそれまで隠し持っていたものを差し出したのだ、というものがあると思います。犠牲的な愛は、人々のかたくなな心を開き、愛の人に造り替えるということであり、そこにも奇跡があるように思います。
しかし聖書が語るのは、そのような人間の愛のすばらしさではなく、やはり神さまの愛のすばらしさであると思いますから、もう少し違った解釈のほうが大切ではないかと思います。

多くの人が満たされたのは、理由は説明できませんが、やはり神さまがそうしてくださった、ということであると思います。
この「理由が説明できない」ということが大切だと思います。

理由が説明できないからこそ、どのような事態、即ち理由の説明できない事態を前にしても、神さまへの期待を失う必要がない、あるいは理由が説明できない事態に置かれても、希望に生きる自由を持っている、ということでしょう。

神さまを信じる者は、掛け算の奇跡を見る者なのです。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA