〔イエス・キリストの昇天〕
2015年5月19日(火)
神の全能はイエス・キリストの和解の恵みにおいてまったく明らかにされ、実証されます。神の恵みと神の全能は同一です。私たちは決してその一方をあるいは他方だけを理解してはなりません。
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イエス・キリストにおける神と人間のこの一致、これが認識、イエス・キリストの決定的に行われた業がその終了を見出した認識の啓示です。カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、294ff。
全能とは何でもできるということですが、この何でもできるということと、和解、すなわちゆるしの恵みとは同一であるといいます。和解の恵みのない全能は全能ではないし、全能のない和解は真の和解ではありません。
たとえば、私たちは全能でないので不正に対してゆるしてしまうということが起こります。しかし神さまは、全能なので赦してくださるのです。全能であるにもかかわらずゆるしてくださるともいえすかもしれませんが、むしろ全能だからこそ赦してくださるのです。赦すことができるのです。
私たちはこの全能であるお方の赦しの恵みの中に生かされています。
感謝する以外ありません。
(祈り)
神さま、赦しの恵みを感謝します。
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