〔フィリピの信徒への手紙のキリスト賛歌〕
2015年4月18日(土)パウロは、明らかに全く新たな歩みに着手しつつ、読者に向かいます。
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非常な親しみ易さと率直さがここにはあります。
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あなたがたはキリストによって戒められ(慰められと同義)ることがたしかに可能であり、必要なのだ! と。
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書き手と語りかけられた者との間の最期の結びつきも、語りかけられた者たち自身の間の結びつきも表しています。
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確かに神はあなたがたを心から憐れんでくださった、と。カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、226f。
使徒パウロはピリピの町の信仰者の群れに手紙を書き送りました。語りかけるパウロはお互いの間の愛があることを確認します。その愛は人間の愛ではなく神さまの愛に根差しているものであることを確認します。この愛があるからパウロは自分が語ろうとする言葉が相手に届くことを確信しています。
人間同士の信頼は大切です。しかし罪びとであるお互いですから、信頼を築くのは簡単なことではありません。
たがいの言動が信頼を築くのではなく、逆に破壊してしまうこともあります。言動はまるでキャッチボールのようです。良いボールを投げなければ相手は受け取れません。しかし良いボールを投げても、うまく受け取れない人もいます。あるいは悪いボールを投げても、上手に受け取ってくれる人もいます。信頼は、たがいの努力によって生まれ築かれていきます。努力をしないならば簡単に壊れてしまいます。
キリスト者は、信頼の土台にイエスさまがいてくださいます。イエスさまの愛が土台となって互いの信頼が築かれていきます。
だからといって甘えることは許されません。できうる限りの努力をしつつ、それでもなお危うい人間関係です。その危うさをしっかりと受け止めていてくださることを信じることです。そうして健やかな努力をすることができます。
(祈り)
神さま、互いの間にキリストがいてくださることを信じ感謝します。
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