〔我らの御父 主の祈り〕
2015年3月8日(日)あなたは私たちに誕生から死に至るまで伴う負債を償却してくださり、同様に私たちが毎日、どの瞬間にもあれこれと犯す罪をも除いてくださいました。
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あなたは私たちに、疑うことも自らの罪に直面して不確かさと不安に留まることも、もはや許されません。私たちの負債は今後あなたの問題となり、私たちの問題ではなくなります。あなたは私たちに背後を見ることを禁じ、意気消沈したり、いわば私たちの過去に、今日あってなすことに、明日あってなすことにさえも鎖でしばられている、と感じることを禁じられます。カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、142f。
救われるということは「自分の罪が自分を責め続けること」から解放されるということです。自分を責め続けてきた罪は「わたし」の問題ではなく神さまの問題にしていただきました。
私たちはただこの事実を、この十字架の事実を、復活の事実を認めさえすればよいのです。
(祈り)
神さま、いまだ自らの罪を自らの問題としてしまう私をゆるしてください。私のためになされた十字架と復活のみわざを信じます。
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