「聞く耳のある者は、聞きなさい」。 マルコによる福音書4章9節

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〔「ついて来なさい」との呼びかけ〕
2015年2月18日(水)

どうして人間は、新約聖書の証言の全内容である「イエスは主である!」を言うようになるのでしょう。
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啓示されるということが起こるならば、聞く耳があるならば、それは、神の国の秘密を知ること(同11節)が、あなたがたに許されているということです。
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聖霊が人のところへ来てくださるだけではなく、むしろ人の中に存在し、その人自身の心を開き、整え、可能にし、こうして啓示を人に行ってくださることがありうる限り、神の霊、聖霊は神ご自身です。
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神ご自身が人間を外からだけでなく、上からだけでなく、内面から、下から、主体的に臨在なさることで、以上のことは神の現実であります。従ってそれが現実だということは、神が人の所へ来られるだけでなく、人間のほうから神ご自身に出会うのであります。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、111f。

イエスさまを主と呼ぶということ自体、すでに神さまご自身が共にいて働いていてくださることです。聞く耳が備えられているということ自体が、すでに神さまが私の心を開いて下さっているということです。何か特別なことができていなくても、私たちはすでに神さまの働きの中に生かしていてくださるのです。

(祈り)

神さま、私の心を開いて下さい。

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