〔すべての人びとへの召命〕
2015年1月29日(木)まるで私たちが御言(ことば)の奉仕を向けなければならない人びとの大多数は・・・
ほとんどまったく何ら出来事もない日常生活のこれら選りぬきの騎士としての忠実か不忠実かが問われていないかのようであります。
カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、62f。
人間の喜びは、この地上でどのようなことを成したか、どのような努力をしたか、どのような結果を生みだしたかにあるのではありません。ただ自分の名前が天国に書き記されているということ、この一点にあります。
すべての人の喜びは、この一点にあります。
そのことを伝える責任をキリスト者はいただいています。そしてすべての人はこの一点での喜びをいただいているかと問われなければなりません。
この一点の喜びさえあれば、それは確かな人生の喜びであり価値なのです。
これがないならば、たとい世界のすべてを手にしたとしての人生の意味がありません。
私はいったい何を喜びとして生きてきただろうか、と思います。
ただ天に名が書き記されていることを喜びとしてきただろうか、と振り返ります。またこれからの生き方を考えたいと思います。
(祈り)
神さま、天に名前が書き記されていることの喜びを確かにすることができますように。
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