〔詩篇の祈りについて〕
2014年2月7日(金)
詩篇は、本当の意味で、イエス・キリストの祈祷書なのだ。ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、69頁。
イエスさまは私たち罪人の祈りをとりなしてくださり父なる神さまに届けてくださいます。私たちの祈りは時に自己中心で罪に満ちています。しかし主はそれをそのまま受け止めてくださりご自身の十字架と復活のあがないによってとりなしてくださいます。
私たちはこの主のとりなしにゆだねて祈ります。
詩篇の言葉は決して立派な言葉が書かれているわけではありません。復讐が祈られ、呪いが祈られています。しかしそれが人間の現実です。そのような現実を聖書は無視するのではなくそのままうけ止めて新しい出発を私たちに与えてくれるのです。
(祈り)
神さま、主イエス・キリストの聖名によって祈ることのできる幸いを感謝します。主のとりなしを信じて、ありのままの私の心をみ前に注ぎます。どうかあなたのお心のままに私を作り替え、導いてください。
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