感覚的な慰めを取り去り、信仰そのものを生きなさい。
ホセア書4章6節
2013年10月29日(火)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
322頁
「感覚的な慰め」とは感情的な慰めということでしょうか。それに対して「信仰そのもの」とは、感情的な慰めを越えた知識に基づく慰めということでしょうか。
人間は「知る」ということにおいていくつもの過ちを犯してきました。
知らなくてもよいことを知ろうとして罪を犯してきました。
逆に知らなければならないことを知ろうとせず罪を犯してきました。
人生の祝福は、知るべきことを知ることによってもたらされます。
慰めは、知るべきことを知ることによってもたらされます。
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