神さまに心の中を探っていただきましょう

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第一にすべきことは、原因を突き止めることです。このことによって自然に治癒がなされます。

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あるいはまた、あなた自身の中から罪が生じて困らせることはないでしょうか。あなたが考えるべき以上に、あなたは自分自身のことを考えたことがありますか。イエス・キリスト以外に栄光を現したことはありますか。あなたの成功をあたかも自分の強さ、知恵、勇気が原因であるかのように自分を高く考えてしまったことはありますか。

詩篇26章2節
2013年10月30日(水)

『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
323頁

神さまにお出会いし、神さまと共に歩むということは、いつも神さまによって自分自身の心の中をきよめていただくという歩みです。神さまと共に歩んでいるのに神さまのほうからのお取り扱いを拒んでいるならばいっしょに歩んでいるということになりません。

ですから神さまと共に歩むということは、自分自身の心の中を見つめることになります。

自分自身の心の中を見つめて、そこに何を発見するのか。もし罪を発見するならば、神さまによってきよめていただきましょう。

罪もいろいろありますが、ここでは「高慢」の罪が語られています。

高慢とは何でしょうか。それはキリスト以外に栄光を現すことです。キリスト以外ということは自分も含めていろいろな人のことを想像しますが、やはり問題となるのは自分自身に栄光を現そうということでしょう。

いろいろな喜ばしいことを、自分の強さ、知恵、勇気に、その原因を確認しようとするのです。

このような生き方はコインの裏表のように良い面と悪い面を併せ持っています。喜ばしいことが多ければ気持ちがいいのですが、喜ばしくないことが多くなると、自分自身を責めることになります。平安のない生き方になります。

また人の失敗や弱点を非難しやすくなります。人は高慢ちきな人とは一緒に生きていたくないので、やがて人間関係がうまくいかなくなります。

自分自身の心の中を見つめない人は、鏡の前に立たな人のようです。洗濯の必要な衣類を着ていても、それに気が付きません。コーディネートがおかしな状態なのに気が付きません。悲劇であり喜劇です。

神さまにいつも心の中を探っていただきましょう。

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