「あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。何でも食べてよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜よりほかには食べません。食べる人は食べない人を侮ってはいけないし、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったからです。」
ローマ人への手紙14章1~3節
パウロは「弱い人は野菜よりほかには食べません」と語りました。肉は偶像に捧げたものでした。ですから偶像とかかわりたくないと考えた人たちは野菜しか食べませんでした。偶像には一切かかわらないと固く決意し、厳しく偶像に捧げた肉を遠ざけることのできた人たちのことをパウロは「弱い人」と語ります。
そうすると信仰の強い人とはどういう人のことでしょうか。それは偶像に捧げた肉であろうとなかろうとそんなものを食べたからといってけがれるなどということはない。何でも感謝していただけばいいのだ、と確信を持っている人のことでしょう。別の言い方をすれば、そんなんどうでもいいことである、と思っている人のことです。もっと大事なことがある、ということを知っている人です。
異教の冠婚葬祭とのかかわり、異教的な地域の行事、などなど。この地上で生きている限り、かかわりを避けることはできません。異教徒は一切かかわらない、私は野菜しか食べない・・・そんなことをごちゃごちゃと考えるよりももっと大事なことがあるでしょう、とパウロは語っています。また、逆に弱い人びとをつまづかせるようなことは傲慢なことだとパウロは語っています。
結論は人と同じにしなくてもいいということですね。それぞれ自分の確信に立っていればそれでいいのです。
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