この小教会では日曜礼拝を一度しかやっていない。二度やっていれば、ズル休みをしても、隣人たちにはきっとべつの礼拝に出たのだろうと思わせることもできるのだが、それができないから信者たちにはある種のプレッシャーになる。
ネルソン・デミル、『スペンサーヴィル』、 上、(上田公子・訳、文藝春秋、1997年3月20日発行)、349頁
日曜礼拝の時間が牧畜の社会の中から設定されたという説明を聞いたことがあります。朝10時半ごろというのは、早朝からの仕事を終えて一段落する時間で、その時間に礼拝をするようになったというのです。つまり人間の都合に合わせて時間を決めたということです。なんと優しいキリスト教会なのでしょう。
今日様々な事情で日曜礼拝を守りにくい方々のために、早朝、第1、第2と複数の礼拝をおこなっています。それぞれの事情に合わせて大切なことであると思っていますが、映画を何回も上映するシネマコンプレックスのような教会になってしまっているのかもしれません。
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