信仰者における悔い改めと信仰の本質の健全な見解は、私たちはもう変えられる必要はないという誤解を避けることです。
コリントの信徒への手紙第2、10章5節
2013年7月14日(日)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
211頁
誤解。間違った解釈。それは自分はもう変えられる必要はないと思い込むことです。自分がいわゆる完全になったと思い込むこと、あるいは逆にどうせ変わることなどありえない、ありのままでいいのだと開き直ることです。
完全になったと思いこむことは高慢であり傲慢です。決して美しい生き方は生まれません。
開き直ること、それは絶望の別の言い方であって、大変醜い生き方となります。開き直っている人間には決して心の平安はありません。
神さまに日々変えていただける希望と喜びに生きる者でありたいと思います。
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