私たちにとって食事とは会話の時間でもあります。肉体をリフレッシュする一方で、心のリフレッシュすることは自然にできることです。私たちは、会話の主題が相手を傷つけず、穏やかで、真実で、親切で、悪評を言いふらすものではないことを望みます。
コロサイの信徒への手紙4章6節
2013年6月8日(土)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
173頁
いつも塩で味付けされた快い言葉で語ることができるように。
食事と会話。イエスさまも会話の場面で食事をされました。あるいは食事の場面で会話をされました。会話が目的か、食事が目的か。両方が目的か。
食事における会話は大切です。
食卓を囲みながらどんな会話をしてきたでしょうか。様々なかかわりの中にある方々と食卓を囲みますが、圧倒的に多いのは家族でしょう。
食事の時だけではなく、あらゆるときに塩で味付けされた快い言葉で語ることができるように。
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