もし私が、絶対にもはや何ごとも自明のこととして受け取らないということを始めるならば、その場合には、信仰の奇蹟が起ったのである。
リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、220ページ
詩篇66編8,9節
2012年06月29日(金)
奇蹟とは何か。そんなこと起こるはずがないだろうと思うことが起こることですから、超自然的なことであり、いやしであり、不思議です。しかしもっとも大きな奇跡は、心が変わるということではないでしょうか。それも否定的に変わるというのではなく、積極的に、肯定的に変わるということではないでしょうか。
世界を見て、周りを見て、隣人を見て、家族を見て、そして自分を見て、そこに奇蹟を発見するのです。奇蹟を発見する心に代わるのです。
この奇蹟にあずかるならば、そのほかの奇蹟は、それほど驚くことではなくなります。
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