アダムは生来的に永遠に生きることができたのではないが、死ぬ必要があったのではない、ということである。状態が正しければ、永遠に生きることができた。
エリクソン、『キリスト教神学 第3巻』、「第29章、罪の結果」、183ページ
肉体の死の項で、人間は本来永遠に生きることができた存在であるのか否かが論じられていますが、状態が正しければ永遠に生きることができたということであって、罪を犯したばっかりに「死ぬべき者」「死ぬ必要がある者」となったといいます。
状態が正しいということはいったいどういうことであるのか。神さまとの関係、人間としての機能の状態、などなど。考えるべきことは色々とありますね。
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