さて、彼らがエルサレムの近くに来て、
マルコ11章1節
「エルサレム」はイスラエルの中心都市で主イエスさまが十字架にかかられた町です。新約聖書の書かれたギリシア語では「エルサレム」と読む綴りと「エロソルマ」と読める綴りの2種類が使われています。このマルコの福音書の個所では後者の「エロソルマ」が使われています。
「ギリシア語・新約聖書釈義事典」(教文館)によると「エルサレム」のほうは世俗ギリシア語では用いられなかった語形で、古風で荘厳な響きをもっているそうです。ユダヤの人々が神の都としての誇りをもって使ったようですね。一方「エロソルマ」のほうは、聖書以外の文献にも見いだされる語形で日常的で中立的な響きをもっているそうです。神の都としての誇りを見いだすことが出来ず少なからず嘆きの思いをもって使ったということでしょうか。
ユダヤ人であるマルコがこの「エロソルマ」を使ったところに主イエスさまのエルサレムに対する嘆きの気持ちが表れているということでしょうか。他の福音書では明確に主イエスさまがエルサレムを見て嘆かれる様子が嘆きの言葉と共に記されています。
神の都エルサレム。そこは神を礼拝する人々があふれ熱心な宗教行事が行われていたところでした。しかしまことに神を愛し隣人を愛する心が失われていたということでしょう。今日、教会はこのエルサレムとなってはいないかと考えさせられます。教会がまことに神を愛し隣人を愛する心を確かにしなければなりません。
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